来館者から興味深いお話をうかがいました。
軽井沢高原文庫は、現在、コロナ対策を講じた上で、開館させていただいております。どうぞ十分お気をつけて、ご来館なさってください。
きのうは、追分在住の会員の男性が夫人と来館されました。その方は画家で、12年ほど前に追分に移住する前は、20年くらい、ベルギーのブリュッセル郊外のソワーニュの森近くで暮らしておられたそうです。少し立ち話をしていてすぐに気づいたのですが、男性のお話の中には、リルケ、メーテルリンク、ルースブルックといった誠に興味深い人物名が馴染みの人物のようにごく普通に登場するのでした。
なぜ、軽井沢に移り住んだのですか、と素朴な疑問をぶつけてみると、中学生の時、堀辰雄にいかれたからとのこと。堀夫人の最晩年、3年くらい、軽井沢の街や講演会場などで夫人をお見かけしました、と男性はおっしゃっていました。なお、男性のご母堂は、立原道造が追分で出会い心惹かれた少女の一人、今井春枝(山田流筝曲家・今井慶松の次女)の親友だそうです。
ところで、きょうは、半世紀ほど前、旧・軽井沢夏季診療所(マンロー病院)の建物を使い、逗子のなぎさホテルが軽井沢ヴィラを経営していた時期に、毎夏1週間程度、滞在していたという女性が、ご主人と埼玉県からいらっしゃいました。女性は小学校低学年から中学生くらいまで、ご家族でホテルの2階奥の広い部屋に泊まり、周囲の森を遊び場にして、三度山に登ったりして、楽しい少女時代の夏をそこで過ごしたそうです。
余談ながら、逗子のなぎさホテルについては、作家の伊集院静氏が同タイトルの自伝的随想録を書かれていて、そこに軽井沢のホテルも少し出てくるとは、女性のお話です。 (大藤 記)