A.レーモンドの孫シャーロットさんが軽井沢を訪れました。 | 軽井沢高原文庫

A.レーモンドの孫シャーロットさんが軽井沢を訪れました。

 3月9日、建築家アントニン・レーモンドの孫のシャーロット・レーモンドさんが、米ペンシルバニア州のニューホープから来日され、軽井沢に移築保存されているA.レーモンド「夏の家」(現・ペイネ美術館)を藤巻進町長(ペイネ美術館前館長)らとご案内しました。ワシントン大学のケン・タダシ・オオシマ教授らもご一緒。

 シャーロットさんは、Raymond Farm Center Living Arts&Designの共同ディレクターで、ご自身も写真家。祖父が晩年を過ごしたニューホープの家の隣で長年、暮らしているそうです。

 シャーロットさんは祖父の日本での活動拠点の一つだった「夏の家」をじっくりご覧になって、とても感激された様子でした。2時間ほどの見学中、建物の内外をそれこそディテールにいたるまで、その場に居合わせた私たちを含む8人ほどの誰よりも多く、写真撮影されていたのが印象的でした。

 シャーロットさんによれば、ニューホープも自然が豊かで、軽井沢と雰囲気がよく似ているとのこと。一方、ワシントン大のケン教授も、「夏の家」をご覧になって、私に向かい、ル・コルビュジエが自身の作品集の中に彼が誤ってレーモンド「夏の家」を掲載してしまい、あとでそれに気づき、「夏の家」に関してその折、嫉妬めいた記述を残していて、つまりそれくらい「夏の家」が優れた作品であることを、この空間に立つとよく実感できます、と話されていました。

 アントニン・レーモンドは1888年、ボヘミア(現・チェコ)生まれ。プラハ工科大学で建築を学んだ後、フランク・ロイド・ライトの作品集からその精神性に惹かれていた彼は、1910年にアメリカへ移住。その後、1919年、ライトから東京の帝国ホテル建設のための日本行きを誘われ、ライト夫妻と共に来日。その後は、日米を行き来しながら、主に日本を舞台に多くの仕事を残しました。妻ノエミ夫人はフランス・カンヌ生まれのデザイナー(来日早々の1921年から22年にかけ、旧制一中<現・日比谷高校>の英語教師を務めていて、彼女のクラスには若き日の前川國男もいたとのことです<鈴木博之>)前川國男、吉村順三、増沢洵、ジョージ・ナカシマらは、彼の下で建築家としての出発をとげた人であることは、皆さま、ご承知の通り。 (大藤 記)

 

 

中央、シャーロット・レーモンドさん。その右、ワシントン大学のケン・タダシ・オオシマ教授。左は藤巻進・軽井沢町長。背景は、外壁・屋根の塗装修復工事をほぼ終えたA.レーモンド「夏の家」(塩沢湖畔)。