詩人・佐岐えりぬさん、ご逝去 | 軽井沢高原文庫

詩人・佐岐えりぬさん、ご逝去

 詩人の佐岐えりぬさんが2月1日、多機能不全でご逝去されました。作家・中村真一郎夫人。85歳。謹んでお悔やみ申し上げます。きのう、きょうの新聞に掲載されています。

 じつは私は2ヶ月ほど前、ある方から佐岐さんがお亡くなりになったというご連絡をいただき、翌朝一番の新幹線で熱海へ向かい、佐岐さんの実妹本多美佐子さん(元マリーローランサン美術館主任学芸員)とご主人本多由郎氏(書家)にお目にかかり、お悔やみ申し上げるとともに、本多ご夫妻に葬儀場までご案内いただき、佐岐さんのお遺体に面会したのでした。佐岐さんは安らかな温顔でした。

 思い出されることはいろいろあります。しかし、今は私の中でもう少し時間が必要のようです。

 振り返ってみると、私が初めて中村先生夫妻にお目にかかったのは1985年3月、場所は熱海のマンションでした。同年8月に高原文庫が開館し、私は顧問のち館長の中村先生からその後もずっと教えを受け続けたのでした。12年後、1997年12月24日、中村先生が突然、ご逝去されました。それは加藤周一先生と熱海で昼食を共にされた日でした。佐岐さんからお知らせをいただき、すぐに特急、新幹線を乗り継ぎ、夜遅くに中村先生のマンションに到着。その晩、加藤先生のアドバイスで中村先生のお遺体は病院にあり、私は中村先生の書斎ベッドで休ませていただいたのでした。

 あれから21年。晩年の佐岐さんは、湯河原のケアホーム、熱海の病院などで過ごされていて、私もすっかりごぶさたしてしまい、失礼を重ねていました。

 佐岐さんから私は十冊ほどのご著書のほとんどをいただいていますが、いますぐに思い起こすのは、料理が上手で、ワインがお好きで、社交的で人をもてなすのがうまい、佐岐さんのあの、明るい笑顔でしょうか。  (大藤 記)

 

追伸

2ヶ月ほど前、熱海へ向かう新幹線の車中で、数冊の佐岐さんのご著書をあらためて読み直して思ったのですが、佐岐さんにとって、京都での青春時代、パリ遊学時代、軽井沢での夏の日々などは、やはり掛け替えのない時期だったようです。