佐佐木信綱宛片山廣子書簡 | 軽井沢高原文庫

佐佐木信綱宛片山廣子書簡

きのう、日本近代文学館より『年誌 資料探索9』を送っていただきました。ざっと、最初から最後まで、目を通しました。そのなかで、資料翻刻「佐佐木信綱雪子宛片山廣子書簡」に目がとまりました。これは同館の「佐佐木信綱文庫」のうち、片山廣子から佐佐木信綱および妻・雪子に宛てた書簡213通すべてを翻刻、紹介したもの。読みすすむにつれ、さらに興味がわき、最後まで読んでしまいました。。佐佐木信綱は歌人で、「心の花」(創刊は明治31年)を主宰し、片山廣子はこれに創刊号より参加し、以後生涯にわたり佐佐木に師事したという間柄。この中に、軽井沢から発信したものが3通、収められていました。大正14年、昭和16年、同20年のもの。また、それとは別に、軽井沢に関する記述が2通、あります。軽井沢とは関係ありませんが、私がもっとも印象に残った手紙の一つは昭和25年8月13日(№181)のものでした。「心の花」の行く末に不安を感じる師からの手紙に対する返書。「どうぞあの雑誌については深く御むりな御心配をなさいませんやうに、私なぞと同じやうに「心の花」も長い一生をいきぬいて来たのでございます」「もともと、先生となき石榑氏とお二人のお力で永くつづいて来た心の花ですから」「あの人たちはよその遠い国の青年ではなく、先生の竹柏園のお弟子なのでございますからどうぞ御信頼下さいますやうに」と続いてゆく長文の手紙。片山廣子の片鱗がうかがえる内容。なお、片山書簡は私も十数通、翻刻したことがありますが、流麗な女性のかな文字のような万年筆の筆跡が多く、非常に判読しにくいもの。注・解題も参考になり、これは誠にありがたい仕事です。