ソーシャルネットワークサービスの不適 | 軽井沢高原文庫

ソーシャルネットワークサービスの不適

毎朝、複数の新聞にさっと目を通します。日曜日だと、たとえば日経では山折哲雄「危機と日本人」と樺山紘一「欧人異聞」の連載をこのところ、楽しみにしています。きのうはそれに高田衛「国文学者の想像力」という面白い寄稿エッセイが加わりました。ところで、数日前、NHKラジオでオオシマハルユキ解説委員がゲストとして招いたサノタダカズという国際弁護士の方の話が印象に残りました。私はこの分野にあまり詳しくなく、またそのお話をキチンと聞いていなかったのですが、要するにこんな話でした。グーグルやヤフー、アマゾン、フェースブックといったこの10~15年ほどの間に世間で注目を浴び、世界を席捲しつつあるソーシャルネットワークサービスというものは、たとえば検索エンジンでテーマを絞り込んゆく作業や、エジプトなどに見られた政治の現状を打破するという部分においては効果を発揮するが、対話を深めたり、その対話の中から新たなものを創造するという点においては不適であるというのです。アマゾンではある本を購入する人に対し、この本を購入する人はこんな本も購入していますよ、というサービスをしますが、それは隣接領域の話。同一テーマに関心のある人々が共感を深め、親しく連絡を取り合っているのに、興味の異なるもの同士はまったく別の世界に生きている、というのが現実で、これがますます広がっている。そこにシステムとして大きな欠陥があるというのです。私の理解が十分でないかもしれませんが、これは皆さま、問題の所在を言い当てているでしょうか?


付記:知人に聞いたところ、グーグルやヤフーなどは厳密にはソーシャルネットワークサービスとは言えず、それらのサービスの一機能がそれに相当するとのことでした。お詫びいたします。