「山の神」と呼ばれたその若者は勝負師の目をしていた。
レース前に彼がロードに向ける目は日本が世界に誇るスイマー・北島康介の
その目と似ている。
まるで獲物を狙うハンターのような鋭い目つきからすさまじい集中力を
感じ取ることができる。
昨年の柏原のデビューは鮮烈だった。
同じく「山の神」と呼ばれた今井正人(順天堂大学→トヨタ自動車九州)が
記録した5区の区間記録1時間18秒05を大幅に更新する
1時間17秒18秒という記録を叩き出した。
しばらく破られることはないだろうといわれた今井の記録が箱根を初めて
走る1年生によって、しかも驚くほどの記録で破られた。
無名の選手からあっという間に大学陸上界一、注目を浴びる選手となった。
周囲の変化に戸惑いを感じることもあったと言う。
しかし、持ち前の気持ちの強さで周囲からのプレッシャーを自らの力へと
変化させた。
レースに臨むにあたり、「この緊張感がたまらなく楽しい」と柏原は話した。
また、「前回の自分に負けるのだけは絶対にいや」とも語っている。
自らが残した記録を超えることでしか周囲も自分自身も納得できないということを
十分に理解している。
普通の大学生ならば極度のプレッシャーに押しつぶされてしまうだろう。
押しつぶされるどころか、柏原はこのプレッシャーを楽しむことにしたのだ。
しかも、「76分台で走りたい」という誰も口にしていない記録までも掲げた。
北島康介も何度となく、プレッシャーを受け、そのプレッシャーを力へと変えていった。
目標を口にすることで自らの気持ちを奮いたたせ、レースへの集中力を高めた。
オリンピックのレースでスタート台に立つ前の北島は他を寄せ付けない鋭い目をしていた。
「オリンピックの緊張感はオリンピックでしか味わえない」
かつて北島はこう話した。
トップを味わったことのある者にしか見えることのない世界なのだろう。
プレッシャーを楽しむというのは教えられてできるものではない。
また、それぞれの競技においてトップに立った者にしか感じることのできないものだ。
その気持ちは他人と共有することができない。
柏原の目はその孤独を受け入れられる力強さを持っている。
箱根から世界へ。
勝負師の目をした若者の可能性はまだまだ広がっていくだろう。
第86回東京箱根間往復大学駅伝競走、いわゆる箱根駅伝において
柏原竜二(東洋大・2年)が山登りの5区で自らの区間記録を更新。
1時間17秒08の区間新記録でチームを優勝へと導いた。


