大学時代。-部活動,初恋,摂食障害①- | 摂食障害克服、でも鬱になった。リワーク手記

摂食障害克服、でも鬱になった。リワーク手記

うつ病休職中です。復職に向け、リワークに通うことになりました。鬱になるまでの振り返りやリワークを行う過程、感想をつづりたいと思います。

大学時代1年と2年前半について途中まで書かせていただきます。

私の行っていた大学には1,2年時にクラス分けがありました。同じ第二外国語、同じ科の学生30-40人をひとつのクラスにして、外国語の授業や必須科目を一緒に受けました。女子は6人でした。1年生の時は、飲み会もクラス単位が多かったです。私が最初に受けた衝撃は、地方からの生徒が多かったということです。私のように実家から通っている学生は3-4割だったと思います。クラスの友人だと、広島、大分、宮崎、石川、福岡、大阪、京都、愛知などから上京してきた人たちでした。私は、彼らの方言にも圧倒されたし、彼らが地元の公立高校から塾に通わずに合格してきたことに驚きました。家族や塾の先生の指導のもとやっと合格した私に比べて優秀なように思いました。(実際は、受験に対する首都圏とそれ以外の地域の高校のスタンスの違いもあったようです。)ちなみに、現役合格者と浪人合格者の学力の差等は、私はほぼ感じませんでした。クラスの友人たちは、中にはものすごく頭のいいと感じる人もいれば、頭もそこそこよくかつ何かに秀でているような人もいました。そして何より、多くの人が社交的で恋愛経験を持っていました。

私はそれまで恋愛をしたことがなかったので、彼らが頭も良く、社交的で華やかに見え、自分もその仲間に入りたいと思うようになりました。

そして、私は、ありがちですがf^_^;、同じクラスの男の子に初恋をしました。その人には彼女がいたし、(ルックスや雰囲気から彼のサークルでは王子と呼ばれていたらしく)とても私の手の届くような人ではなかったのですが、そういうオーラは私の前では感じさせず、親しみやすい友人として私を気に入ってくれ頻繁に授業を一緒に受け学校帰りに軽く食事をしたりメールをしたりゲームセンターで遊んだりと誘ってくれたので、恋愛免疫のなかった私は強く片思いをしてしまいました。

サークルは、演劇も考え見学にも行ったのですがあまりぴんと来ず、また、高校最後の公演で(客席アンケートや母からの「普通だった」というコメントから)自分の演劇の才能の無さにうちひしがれた感があったので、ダンス系の部活に入ることにしました。

この、実らない初恋と、身体の線を見せるようなダンス系の部活に所属したことが、摂食障害の引き金となったと思います。