今、よどがわ花火の委員会からは卒業している。
(喧嘩別れ的な卒業なので、いまだに会話も交わさない人もいるけど、
多くの方には普通に接することができる。それ以前に代替わりしてるけど・・・)
バリバリの現役当時
自民党の府議を熱烈に応援していた。
選挙本部の参謀で、立会い演説会の設営・進行が私の役割。
その当時の経験が坂井さんの選挙で活かせたのだと思ってる、
(結果は出なかったが・・・)
たまたま花火卒業と同じく十三から離れたので
物理的に花火委員会とその府会議員と係わらなくなった
ちょうど私が十三を離れた頃に
橋下徹が出現し、その府議も揺れ動いてていたそうです。
その議員さんが決断すれば、
維新のスタートメンバーになっていたかもしれません。
その議員さんは病気でその時引退されました。
この話、当時の後援会幹部から十三に戻ってから聞きました。
その議員さん、最終病気で亡くなりになりましたが、
元気ならきっと維新に行っていたはずです。
人に言わせれば、あの時病気でなかったら、
今頃知事やったのにと・・・
市長の出直し選のときでした
花火委員会は卒業したとはいえ、自民支持の私は、
その頃の疑問を柳本や中山に問いかけてました。
しかし、納得がいく答えをもらえず
(柳本にははぐらかされ、中山にはピンとはずれな答えをされ)、
仕方なく横山府議になぐりこみ、いやいや質問に直接行きました。
理路整然の答えに納得し、スッとしたのです。
それ以来の維新支持です。
最近思うこととは
もし、あの時卒業せず、少なからず花火に絡んでいたら
私は今の花火の委員会と同様、大阪自民を応援していたのか?
大阪自民の候補は、選挙関係なく、花火委員会の一委員として、
仲間として花火大会運営に係わっていた。
だから政治的信条とか関係なく、仲間が選挙にでるというのに、
単純に応援していたのでは?
そう考えると、大阪自民の支援者が単にシロアリさんだけでなく
議員が地域のコミュニティーに深く入り込み、
仲間意識を植えつけた結果ではないかと思ったりするのです。
これって大事なことで、維新の議員は
これを着実に進め
地域コミュニティでの「仲間」までの意識付けは絶対必要