医療者の使命 | 五右衛門風呂って気持ちよかー

五右衛門風呂って気持ちよかー

昔懐かしい五右衛門風呂。その五右衛門風呂に関する色々な情報をご提供できればと思っております。

愛知県刈谷市の全小中学校で、学校と保護者が連携し夜9時以降のスマートフォンの使用を禁止する取り組みを始めたそうだ。


筆者的には小中学校でスマホを持つこと自体早すぎる気がするのだが(笑)


自分の場合、子供に高校になっても携帯を与えないと粘った。

長男は何とか我慢していたのだが、長女の抵抗は凄まじく結局は寄り切られ、2人とも携帯を与えた。


ただし、 「携帯を使うのは良いが、携帯に使われないように。」 と釘は刺しているつもりだ。


携帯は便利だし、自分も今の時代に生まれれば、子供達と同じ様に依存してしまうのかもしれない。



ただ、携帯なんかに邪魔されない静寂な時間を持てる方が本当の豊かさのような気がする。



よーーし、今日は久々にお気に入りの雑誌「致知」から記事を紹介しよう。



「人間力メルマガ」より転載


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■「致知随想」ベストセレクション <その35>
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     「医療者の使命」
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       澤村豊(さわむら・ゆたか=北海道大学病院脳神経外科医)

               『致知』2010年3月号「致知随想」
               ※肩書きは『致知』掲載当時のものです
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午前六時──。

まだ薄暗い北大病院の研究室でパソコンを立ち上げると、
何十通という私宛てのメールが届いている。
相談者の多くは、脳腫瘍を抱えた患者さんとそのご家族ら。

「この子を助ける手立てはないものでしょうか?」
「どうかよい知恵をお貸しください……」

切迫感に満ちた長文のメールに、
様々な配慮を巡らせた上で返事を出すと、
続けざまに、二度、三度とメールがくることがある。
時にはチャットのような状態となり、
私がパソコンの前にいる限り、何度もやりとりが交わされる。

送り主は患者さんだけではない。
全国にある脳外科や小児科の先生方からも、
見てほしいとの依頼があり、
メールに患者さんのMRI画像が
添付されてくることも珍しくない。

私はそれらのメールに対して、必ず返事を出す。
報酬は一切受け取らない。
土曜、日曜も一日の休みもなく、
朝も昼も夜も、時間の許す限り、
キーボードを叩いている。

小児がんの中でも、特に難しいとされる
小児脳腫瘍の手術は、うまくいかなかった場合、
命を落としたり、後遺症をつくってしまうことが多分にある。

家族にとっても精神的負担の大きい手術を受ける前に、
できれば他の医者の意見も聞いてみたいと思うのが
自然な感情だろう。
しかしどこに聞いてよいのやら分からない。

私が行っているのは、そうして困っている
患者さんたちのセカンドオピニオンで、
相談内容に応じて、地元の信頼できる病院を紹介したり、
知り合いの医師に対して紹介状を書く。

患者さんが負担する交通費や
術後のケアのことなども考えて、
私自身はめったなことでは手術を引き受けない。
受けるのは、どこの病院へ行っても手の施しようがない、
というケースに限ってである。


* *


私がそうした医療者としてのあり方を教わったのは、
スイス人医師のニコラ・ド・トリボレー先生である。
三十代の頃、留学先で二年間の薫陶を受けた。

先生は非常に有能な脳外科医であると同時に、
患者さんに対しても大変優しく、
学者としても研究熱心で、医者の鑑のような方だった。

そして私たちにいつも、


「手術を行う前に、本当にその手術が必要かどうか、
 本当に患者さんの体を切らなければならないかを
 まずよく考えなさい」


とおっしゃっていた。
その判断と見極めをするためには、
専門分野以外にも膨大な知識の蓄積が必要だし、
外科手術を学ぶことよりも、
はるかに長い時間の勉強量が求められる。

単に手術の仕方を覚えただけでは、
本物の脳外科医とは呼べない。
そのことを先生は、ご自身の身をもって示してくださっていた。


その後、脳外科医の福島孝徳先生にも
アメリカでお世話になり、献体を使う
臨床解剖の場を提供いただけたことで、
難しい手術にも取り組めるようになった。

そうやってこれまで様々な手術をこなしてきたが、
患者さんのことで覚えているのは、
自分の力及ばず助けられなかった方や、
辛い思いをさせてしまったそのご家族のことばかりで、
凄惨な記憶以外には何もない。


患者さんやご家族は、ここに来れば助かると信じて、
遠方から私を頼ってこられる。
しかし必ずしもよい結果を残せるとは限らない。
思いもせぬ事態に遭遇することもある。
 
そんな時、ご家族の姿を私は黙って見ることになる。
難しい手術だったのだから仕方がない、と、
なんとか自分を納得させることはできない。

しかし脳外科医は、その痛烈な経験を積み重ねながら、
六十歳を過ぎて引退する日まで、限りなく進歩を続けていく。
すると、数年前の手術を振り返ってみて、
あの時そうせず、こうやっていれば助けられていたのに、
という悔恨の念がいつまで経っても胸中を去らない。

もうこれ以上、悲惨な思いはしたくない。
誰かが他にやってくれればいい、と思うこともある。
しかし様々な経験を長く積めば、
その技術は誰でも非常に高いレベルにまで達してくる。

私がいま、難しい手術の依頼を引き受けるのは、
国がお金をかけ、患者さんが自分の体を張って
育ててくださった技術や経験を、
世の中に少しでも返していかなければならない
という気持ちがあるからだと思う。

だから、毎日寄せられる膨大な数のメールに、
私は自分の得た知識と経験を注ぎ込んで、
伝えるべき言葉を紡ぎ出している。

しかしながら、我々脳外科医の生命は非常に短い。
五十歳近くになって、ようやく手術の何たるかが
分かるようになってから引退まで、
わずか十年余りの月日しかない。

私の外科医生命もあと数年だが、
自分の周りには特に重症の患者さんたちが
集まってくるため、人の命の火が消えていくのを
いつものように見たり、聞いたりする。

そして、どんな人の人生も有限で、
残されている時間が非常に少ないことを痛感する。
だからこそ、自分にいまできることを精いっぱい、
淡々と行っていくしかない。

医師の積み上げられた経験と技術は
自分一人だけのものではなく、
国民にとっての大切な財産であるともいえる。
そのことを医療者はよく自覚し、
さらなる研鑽を積まなければならない。


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”医は仁術” 


医者というものは、本来患者のためにベストを尽くす人を呼ぶ名前だと思う。



しかしながら、実際には、


”必要以上の薬を提供したり” 

”患者の質問をろくに聞きもしなりで、居丈高に接っしてみたり”


おおよそ、医者と呼ぶにはふさわしくないような人も結構居たりする。



亡くなった自分の親友が最後に治療を受けた医院の院長先生(ガンちゃん先生 ) が書いているブログを毎日のように読んでいる。


”医は仁術” という言葉にふさわしいお医者さんだと思う。

肝臓がんを発症したら、最初に受診するにふさわしいお医者さんだと感じている。


そのガンちゃん先生も、セカンドオピニオンを薦めている。



日本人は、たとえ重い病気で、今の治療に疑問を持っていても、担当医に気兼ねしてそのままずるずると流されるケースも多いような気がする。


真に患者の事を考える医者であれば、仮にセカンドオピニオンを希望しても、賛成こそすれ決して反対する事はないと思う。



重い病気であればあるほど良く調べ、 ”真の医者” に治療をお願いしたいものである。