着床不全・着床障害:なぜ着床の研究がなかなか進まないのか? | クイズで学ぶ不妊診療最前線~愛/AIなんだ

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これまで着床不全やPGT-A(胚染色体解析)の問題を取り上げてきました。時代は流れ、今や人工知能が診療に取り入れられるようになってきました。この大きな変革の中で、生殖医療専門医の立場から不妊症・生殖医療全般にわたって自身悩み考えながら学習していく記録です。

出典:McGowen MR et al., Int J Dev Biol. 2014; 58: 155-161

 

胚はどのようにして子宮に着床するのか?

そのメカニズムはヒトではほとんど分かっていません。

 

胚着床は、古い研究の歴史がありながら、生殖医学の中でも最も遅れをとっている分野のひとつです。

 

胚着床の研究がこれまで進まなかった理由はいくつかあります。

・動物の研究モデルが、ヒトにはあてはまらないことが多い

・ヒトには月経という特有の現象がある

・着床の過程を可視化するのが難しい

などです。

 

動物実験は、医学・生理学の進歩・発展に大きく貢献したことは云うまでもありませんが、

ヒトの着床、着床不全・着床障害の解明にはあまり役立ってきたわけではありません。

なぜか?着床の形態が動物種によって大きく異なるためです。

 

着床は胎盤を使って胎児を育てる動物(有胎盤類)に見られる現象で、

哺乳類の大部分とサメの一部にあてはまります (Hamlett, J Exp Zool 1989; 252(S2): 35)。

カンガルーなどの有袋類やカモノハシなどの単孔類は、哺乳類ですが胎盤を持たず、着床の研究対象にはなりません。個人的には、サメの着床に興味がありますが、ほとんど情報を持っていないため、ここでは見送ります。

 

さて、着床の過程は

・対置(apposition):子宮の中で、胚盤胞が子宮内膜表面の上皮細胞に正しく向き合い、接触する

・接着(adhesion):胚盤胞と内膜上皮が、糖タンパクを利用して結合する

・侵入(penetration):結合した胚盤胞が、より深い子宮内膜間質部分へ潜り込む

の三段階から成ります。

 

第3段階の「侵入」の程度によって着床の形態は三つに分類されます(McGowen MR et al., Int J Dev Biol. 2014; 58: 155-161)。

・壁内着床 (interstitial implantation):胚盤胞が自らつくる酵素によって内膜を溶かし侵入。

ヒト以外にボノボ、モグラ、ハリネズミ、コウモリの仲間に見られる。

・偏心着床 (eccentric implantation):胚盤胞が子宮内膜のくぼみに収まると、ヒダの頂上が結合して胚盤胞が埋入。ラット、マウスに見られる。

・表層着床 (superficial implantation):胚盤胞の栄養外胚葉 (trophectoderm) の全面が子宮内膜上皮に接着、間質部分には完全には侵入しない。それ以外のほとんどの有胎盤類に見られる。

*栄養外胚葉は、将来の胎盤になる胚盤胞の一部分です。胚盤胞グレード3BA の最後のAは栄養外胚葉を評価したものです。

 

このように、実験動物として最も用いられるマウスやラット、畜産や酪農で生殖の研究が進んでいるウシ・ウマ・ブタ・ヒツジ・ヤギ、さらにヒトに近いサルの仲間の多くが、ヒトとは違う着床形態を採ります。ヒトと同じ壁内着床を利用する、モグラ、ハリネズミ、コウモリは実験室での飼育がおそらく難しいため、研究は限られています。

 

動物の着床の研究が、ヒトになかなか応用できない理由がここにあります。

 

 

今日の一曲:The Coupe De Villes / When Times Are Bad (We Turn To Love) 明らかにサム・クックの代表曲を拝借している。男声リードはサムのようにスムースではないが、分かっていてもやられてしまう曲調!必聴?!