ある日私が矢内電気の事務所に帰ると、松江電気の大本奥さんがいた。(名前は忘れたので奥さんと言う)

仕事の話かと思うと、雑談の最中だった。

大本奥さん「うちの誠ちゃんね、修理に行ったら修理代金を会社に入れんと自分のポケットに入れるんよ。」

誠ちゃんとは、そこの息子の大本誠志さんである。私よりかなり年上である。

 その誠志さんが自分が修理した代金をお客さんからもらったら、自分の懐に入れて会社に入れないという話である。

すると私の父の二郎は

「そんなもんよ子供は。うちの清己だって集金した現金は自分のポケットに入れよるよ。」

と言った。

まるで私も会社のお金を着服しているような言い方ではないか。

 

「ちょっと待って、それは違うやろ。」

続けて言った。

「確かに集金した現金は私の右ポケットの財布に入れる。」

「けどその財布は矢内電気の現金扱いの財布やろ。自分個人の財布は左ポケットの財布やで。」

「自分個人の財布に集金したお金を入れたことは一度も無いよ。」

「それに右の会社の財布からは集金だけじゃなくて会社の現金支払いも私がそこからしよることは前から知っとるやろ。」

「それを知っとってなんで僕が集金してお金を着服しとるような嘘を平然と言うんよ。」

「誠志さんが集金した金をポケットに入れる話と、僕が集金して会社扱いの財布に入れる話とは全く違うやろ。」

私は左のポケットには自分個人の財布、右のポケットには会社の現金の財布を常に持っている。

そして少額の現金集金の場合は会社の財布に入れて持ち歩いて、会社の少額経費の現金支払いをする。

それは以前から二郎は知っている。

 

もし大本奥さんが帰ってから二郎に「間違えたことを言うな。」と言ったとしても、

「おまえは集金したお金をポケットに入れとるのは間違いないやろが、わしは何も嘘は言ってない。」

と言うだろう。

そのポケットに入れたお金を自分に使わず、会社の現金として会社の支払いに使っていることを言わなければ、

私も修理代金を着服していると大本奥さんが思うということは二郎は計算済みである。

二郎は息子が少々の金を着服しても黙って黙認していると大物ぶりたいのだろう。

今までもよくあることだった。

 

しかしそれを見逃せば私はしてもいないことをしたと思われ、それが周囲に拡散する。

二郎にとっては私がどう思われようとどうでもいいのだろうが、私は困る。

このような時ずっと言い返せなかった。

私の居ないところで言われているのはどうしようもないが、私の目の前でも二郎は構わず言っていた。

私が言い返せないだろうと思っているからであるし、そのほうが真実味がある。

 

子供のころから二郎に逆らうと何かにつけて倍返しが帰ってくる。

そして言わなかったほうが良かったと後悔する。

そういうことが何十回か何百回か続くと、いちいち何も言わなくなっていた。

子供のころは家族の中だけだったが、社会人になると家族以外の広い範囲に二郎の嘘がおよび私が悪者になる。

そういうことが何度もあると、何とかしないといけないと思うようになっていった。

 

私の言動に、二郎は唖然とした顔で私を見返していた。

私が何も言えないと思っていたのだろう。

 

 

ただ、誠志さんだけが悪いのではないことを私は知っている。

誠志さんの父である松江電気の社長の大本俊夫さんはかなりの借金で首が回らない。

自分のローンが目いっぱいでローンが組めないとき、息子の誠志さんに頼んで誠志さんの名前でローンを組んで金を借りた。

そして工事収入が少なくてすべてのローン返済にお金を配分できないときに、自分名義のローンは返済して息子の誠志さん名義のローンの返済だけしなかった。

そのせいで誠志さんはブラックリストに登録され、以後ローンが組めなくなった。

私はこの話を誠志さんの奥さんの真理恵さんから聞いた。

「これが親のすることか。」

と怒っていた。

少額の修理費を着服するのはそれに対する抵抗なのかもしれない。

ここも毒親なのだ。

 

前回の続きである。

二郎の手術の翌日だったろうか、妹の妙子から電話がかかってきた。

どうも二郎が携帯(当時ガラケー)をマンションから取ってきてくれと妙子に頼んだようだった。

すでに二郎のもとに携帯は届けたようだが、妙子が私に確認してきた。

妙子「兄ちゃん昨日お父さんに頼まれて夜マンションに行ったんよね。」

清己「行ったよ。」

妙子「今日お父さんに携帯を取ってきてくれと頼まれてマンションに行ったんやけど・・・」

清己「うん。」

妙子「鍵開けて(妹は合鍵を持っている)入ろうとしたら、入れんかったんよ。」

清己「なんで?」

妙子「良美さんな、玄関扉の後ろに椅子やらなんやらいろいろ積んでて。」

清己「??バリケードみたいなもんか?」

妙子「そういうこと」

妙子「それを撤去してやっと入って、良美さんに『どうしたの?』と聞いたら、『昨日泥棒が入ってきてお金を取っていった』というんよ。」

清己「この頃俺の顔見て俺と分らんからな。泥棒と思ったんやな。」

妙子「ちょっと確認しただけ、兄ちゃんならええんよ。」

 

それから二週間以上たって、二郎に私と妙子がマンションに呼ばれて行った。

二郎は「入院中はありがとう。」

ほう、珍しいこともあるもんだと思ったが。二郎の聞きたいことは別にあった。

二郎「清己、お前医者から説明を受けたよな。」

清己「受けたけど。」

二郎「わしには盲腸という説明やったけど・・・・」

清己「そうやけど。」

二郎「本当のことを言うてくれ。わしは本当に盲腸やったんか?」

 

あ、そういうことか。二郎は本当は自分が癌ではないかと思っとんやな。

二郎はJR駅前にビアガーデンに行こうとしていたところ、腹痛が酷くて近所の総合病院に駆け込んだ。

そこで2,3時間検査をしたが、ここの検査ではよくわからないと言われ、さらに大きな県病院に移送されたのだ。

それで自分は実は癌で、本人に知らせず盲腸ということにしているのではないかと思っているのだ。

清己「執刀医からは盲腸という説明やったよ。」

二郎「本当のことを言うてくれ。」

清己「だから、盲腸やと言うてるやろ。」

なかなか信用しなかった。

 

私からも二郎に質問した。

清己「俺は合鍵も持ってないし、良美さんは私のことがわからない。合鍵を持っていて良美さんがはっきり認識できる妙子に保険証やお金を頼んだほうが何のトラブルも無かったやろ。それなのにあの時なんで妙子じゃなく俺やったん?」

二郎「妙子は家族があるけん迷惑かけたらいかんと思ったんよ。」

俺にはいいんか?

妙子は子供も二人いるが乳飲み子でもない。私は子供こそいないが家族はいるぞ。

まあ今までもずっとそうだが、面倒なことはいつも私に言ってくる。

今回は小さなトラブルではあったが、

二郎は私をだまして自分が得をしようとしたり、自分の罪をしれっと私になすりつけたりもしたが、不思議に妙子にはそういうことはしない。

 

 

 

 

 

 

 

父の二郎が盲腸になったことがあった。

まだ母の良美さんが生きていたころである。

夜の10時頃だったか、二郎から電話がかかってきた。

「清己、わし盲腸になってのう。今県病院におる。手術せんといかんらしい。お前ちょっとわしの家に行って保険証とお金を持ってきてくれ。ほんで、家族のサインがいるらしいんでお前してくれ。」

母の良美はこのころもう認知症で、サインをするのもままならないだろうから、私がしないと病院に迷惑がかかるだろう。

仕方ない。

 

ビールを飲んでいたので、妻の真由美さんに運転してもらって父母のマンションに行った。

私は合鍵を持っていなかったので、ピンポンを鳴らす。

母が出る。

「清己よ。」

このころ母の良美は私の顔を見て私だとわからなくなっていたが、声だけで清己と名前を言ったので開けてくれた。

ドアを開けると母は私の顔を見て怪訝な顔をしたが、かまわず部屋に上がった。

二郎に聞いていた場所に保険証も現金もあった。

母に「二郎さんは病院に入院になるからしばらく帰ってこんから。」

と言って病院に向かった。

 

病院で二郎にそれらを渡し、ナースステーションで看護師さんから説明を受けながら数枚の書類にサインした。

さて、帰ろうとすると看護師さんに呼び止められた。

「いえいえ、手術が終わるまでいてもらわないと困ります。」

「もしお腹を開けてみて、盲腸じゃない病気だった時にまた改めて家族として判断をしてもらわないといけない場合がありますから。」

とのこと。仕方ない。

送ってきてくれた真由美さんを一旦家に帰し、ロビーのソファーに寝そべっていた。

手術が終わり、執刀医の説明を聞いた。

「もう少ししたら麻酔が覚めますから、話せるようになったら病室に呼びますからしばらくお待ちください。」

またも仕方ない。

しばらくして病室に呼ばれた。

二郎は開口一番

二郎「わし、携帯忘れてきたけん、次来るときに持ってこいや。」

清己「なんか勘違いしとんやない?」

「またなんか来んよ。今日は私が来んと病院が迷惑するから来ただけよ。」

二郎「携帯(当時はガラケー)が要るんやが。」

清己「手術後の養生するのに携帯なんか要らんやろ。」

二郎「いや、人をここに呼んだりせんといかんし。」

私は無視して帰った。

朝5時だった。

 

この20年位前だったか

私も盲腸になったことがあった。

夜中に痛みがひどく、妻の真由美さんに救急病院に運んでもらった。

当直医の診断は急性胃腸炎、朝別の外科医の回診。

私のお腹を触診し、「あれ?」

そして血液検査の結果を見て

「あなた盲腸ですよ。」

「今日の11時しか手術室が空いていませんから、それを逃すと盲腸が破裂して腹膜炎になっても二週間は何もできません。」

まあ、脅しのようなもの。朝9時過ぎのことだった。

そういわれたら仕方ない。二時間後手術になった。(書類は書いた覚えがない。)

入院中、仕事関係の人が一人だけ見舞いに来てくれた。

退院してから仕事は二郎が代わりにしてくれているかと思ったら、二週間分まるまる溜まっていた。

すでに私がほとんどの仕事をしていたので、二郎は自分の仕事がなく暇なはずなのだが。

そして仕事に復帰すると、仕事関係の数人が同じようなことを言う。

 

「あんたが仕事に出てこないので、どうしたのかと思って親父さんに

『清己さんはどうかしたんかな?』

と聞いたら、

『うん、ちょっと盲腸で入院しとんよ。』

『そうなんかな、見舞いに行きたいんやけど病院はどこやろか?』

『ああ、ただの盲腸なんやから見舞いなんか行くほどのことはない、要らん要らん。行かんでええよ。』

と言われたんよ」

「そういって病院も教えてくれんかったから、見舞いにも行けんでごめんよ。」

と何人もから同じようなことを聞いた。

一人しか見舞いに来なかったけど、なるほど二郎が全部止めていたんだ。

是非に見舞いに来てほしいことはなかったが、わざに止めることもないだろうにと思った。

 

父の二郎が盲腸になったあの時のやり取りで

私の盲腸の時は大したことないから見舞いになんか行かんでええと見舞いに来る人を止め、

自分が盲腸の時は携帯で人を呼ぶんかい。

まあ、二郎らしいけど。

 

次回につづく