苦学している頃よく数々のアルバイトをやった。

1時期神田神保町の裏通りにあった小さな工場で旋盤工見習いをやっていた。

あまりのたんちょうさに、疲れた。

しかし神保町の味のある街には惹かれていた。

当時早稲田にあった早稲田実業高校の夜学に通っていて、副級長をやりながら、クラブ活動は文芸部、学園祭の時は菊池寛の戯曲「真似」を演出したりする。
流行っていたのは雪村いずみの「星を見つめないで」ペリー-コモがヒットさせた名曲である。
しかし楽しかったのは早稲田実業から高田馬場迄のスクールバスに乗らないで歩いて古本屋のはしごをする事だった。

昼は旋盤工見習い単調な仕事にだれたが、神保町の古本屋は楽しかった。

特に安い文庫本を片っ端から読んだ。

「真実一路」「波」「田山花袋の田舎教師」「アナキーな川崎長太郎の抹香町」「出家その弟子」「馬鹿一」「友情」 「愛と死」「風と共に去りぬ」「細雪」「阿部次郎の三太郎の日記」「スタンダールの恋愛論」「吉田弦次郎の哲学や恋愛論」「真理先生」とか、「江戸川乱歩」と、ともかく片っ端から読みまくった。特に青春を彷徨っていた私には色々な作家の恋愛論、青春論は読みまくった。

神保町と云うのは若者には夢を持たせてくれた。

コーヒーのカウンターをやる前にはどのくらいのまあアルバイトをやったか、数知れず。本当に数々の仕事をやった。あの頃の若い働く人は苦労しているせいか、本当に思い遣りのある優しい若者が多かった。

それだけ苦労したから、さんざんなことをやったから味とか色気とか面白味があるとプロデューサーによく言われたが、映画俳優にはなれなかった。

そう言えば武者小路実篤の「馬鹿一の夢」三越劇場。宇野重吉の最期の舞台。又、夏目雅子主演の最期の舞台「愚かな女」西武劇場は見に行っている。