「鍵」芸術座、顔合わせ
先生 柳永二郎さんと石村弁護士役の私
右から一の宮あつ子。弁護士の私。主役、郁子の新珠三千代。敏子の和泉雅子。木村役の田村亮。
 
 舞台でかなりの谷崎潤一郎作品が上演されていた。
昭和41年1月「細雪」司葉子、岡田茉莉子、団令子。芸術座。この「細雪」は帝劇とか明治座と何回も再演を続けていて、平成7年6月大阪新歌舞伎座公演、淡島千景。八千草薫。多岐川裕美。沢本忠雄出演には出させて頂いた。昭和53年3月4月「鍵」新珠三千代。柳永二郎。田村亮。芸術座。昭和51年7月「台所太平記」平岩弓枝脚本、演出。津村健二演出。17代中村勘三郎、新珠三千代、松原智恵子、乙羽信子。帝劇。昭和52年7月「新台所太平記」中村勘三郎、新珠三千代、京塚昌子。帝劇。そうして他にも勘三郎、歌右衛門、長谷川一夫で「盲目物語」宇野信夫脚色、演出で昭和30年宝塚劇場。 

 他にももう1作私も出ていた「刺青」堀井康明脚色演出。浅丘ルリ子、中井貴一、戸川京子…江波杏子。
日生劇場。平成2年10月公演で呉服屋の番頭太兵衛を演じた。明るく見えた戸川京子さんが後ほど自殺された。

 私はどの作品も、かなりのいい役を頂いた。

 ところでその中での昭和53年3月4月芸術座公演「鍵」平岩弓枝脚本演出。新珠三千代、柳永二郎、田村亮、和泉雅子、一の宮あつ子、真島茂樹出演の話であるが。

 だいたい昔から台本が書き上がるのが東宝の舞台の場合は遅かった。それとの葛藤が劇団•東宝現代劇
にはあった。

菊田一夫先生。小野田勇先生、花登筺先生平岩弓枝先生揃って台本の出来上がりが遅くて、徹夜の稽古は普通だった。

「鍵」の場合も、ただでさえ小説の執筆で忙しい平岩弓枝先生で、初日3日前なのに3幕後半が出来て来ない。

 私の役は出入りの酒屋と決まっていたがまだ出て来ない。

そうしてぎりぎり台本が出来て来た、何と役がかわっていて、3幕5場大詰めの場面書斎の場で、酒屋の役が変わって、弁護士石村の役である。

 台本を見て驚いた7ページばかり長台詞ばかり一人で饒舌って入るそれも法律用語が多い。

 相手の新珠三千代さんや和泉雅子さん田村亮さん方々は短い返事の台詞ばかりで、これは大変な事になったなあと思わずため息が出た。

 兎に角稽古は4回しかない、人とも会わなくてはならないし、とはいってもそんな事も言ってられない。

 集中力をたかめてジャズ喫茶に行っては覚え、寝る前に何回も繰り返して覚えた。

 稽古も舞台稽古を入れて4回である。

 時々つっかえたりもする。

初日を迎えて、大変な緊張である。お客さんは満員で。大詰めの舞台の前の場で先生の柳永二郎さんと二人だけの場面を終えて、いよいよである。

 1つ目の台詞は上手く出たが2つ目の台詞が出て来ないすぐさま弁護士なので書類を小道具として持っていて、それに台詞を書いておいた。書類を読む振りして台詞を読んだ。続いて次の台詞も忘れかける、うまいこと続けられた。

 2日目も1箇所忘れかけたが、上手くいった。それから2ヶ月楽日までもう忘れなかった。

 事情を知っている作•演出の平岩弓枝先生は監督室から観ていてコバちゃん頑張れ!頑張れ!と励ましの言葉を発して下さっていたそうである。

 後から演出家の小幡欣治先生も観に来て下さって大丈夫良かったよと励まして下さった。石井ふく子先生もいらしてた。


 役者は修羅場をくぐる時が多い。

 こんな事はたまにある。

「墨東綺譚」は同期の小鹿番君が電車が遅れてまだ楽屋にも来てない。さあ代役だとなって彼の出番迄1時間出っぱなし喋りっぱなしの振付師の役を西尾恵美子さんが相手役をやってくださって何とか覚えて演じた。
 
 ところが相手役の方々の方が緊張して台詞を忘れかける。兎に角舞台は修羅場である。

  この緊張感の中でいい演技をしなくてはならない。でも舞台は生き甲斐である。