興味深いことをききました。

うちは3人兄弟であるが、姉と私はあまり他人とのつながりを求めない。放課後一人で楽しく冒険してたタイプ。
逆に弟は、彼の言うところみんなでワイワイやってないと不安で仕方ないそうだ。あと最新の物を持ってないのも不安だとか。

何が弟とちがうのか、単に性別だけでは説明がつかなくてなんだろーって思ってた。彼はADHDの疑いもあって堅っ苦しい家にはおさまりきらず、外で価値観身につてきけたようなもんだからまあ違って当然か?くらいの認識。

この違いは、幼少期に親がどれだけ子どもをかまったか、によるそうだ。
ほっとかれた子どもは親との関係から人間関係の薄さを学ぶ。ほっとかれるのが当たり前だから自分も他人に興味を持つことがない。そのことに疑問も持たない。

逆にかまわれすぎると、構われてない状態を寂しく感じるのは明らか。この淋しさはほんっとうに当人にはどうしようもないだろう。
うちは共働きだからほっとかれて普通だった。ただ弟は落ち着きのなさから多動症を疑われ母は遠くの教育センターに通いつめた。小学生から見てもあの時期の母は異常でヒステリーで狂ってたなあ。そんなわけでやや奔放な弟に多言すぎる母にツッコミをいれる父と姉。←たのしそうだけど楽しくないよ!結局母は口が止まらず(止めるには仕事をやめるしかなかったと思う)ハイさみしんぼ一丁出来上がり!

これ聞いてそうだったのか!
とおもいました。
目からうろこだよ!!
構われること自体私は慣れなくて嫌だったがよけい淋しいはあまり考えなかった


私が経験しなかった孤独はいかばかりだったのか
面白いことのひとつも言えればいいのですが。失笑させるのは得意なんですが。
いいことが言えなくてすみません、あなたがたのペタがうれしかった。なにもできなくてすみませんありがとう。


ところで私の言う薄っぺらというのは幼児性であるらしい。曽野綾子さんの「受けるより与えるほうが幸いである」そこもう一回読まねば!
そうそう図書館でこないだ1ヶ月延滞したのですが怒られる覚悟でいったのに、チェックもされなくて肩透かし食らいました。図書館さまのふところは寛大であるなあー
しょこたんがおもしろいって言ったので、こんどは群ようこさんの本がよみたいです。
私は生きるためにずるさを身につけた。しかしそゆう自分がきもくて耐えられないのでずるさを使う場面をとことん避けた、つまり全力で生きてこなかった。精神的引きこもり。
…爆笑問題がえねっちけー番組で引きこもりの話をしてたじゃない、
……これじゃね?
人間の汚さとかやらしさが許せなかったんだ
そうかー

そうかー ってアタマの理解だけじゃ絶対足りないから…!
今読むべきは太宰か。
スマートなものづくりが理想だったが、
そういうのはちゃんとものと向き合い続けた人がインプットしたものをけずってけずって作るのだ。

わたしはからっぽだからスカスカの基礎をなんとか見れるようにさらに盛り込んでいかねばならない。

大丈夫。まだいける
小学校のとき先回りを考えすぎる己がくるしくってしかたなかった。対策の対策の対策を考えるときりがなくてそこまで考えなくていいとか先生に言われるし適度がわかるクラスメイトに異質さを感じた。普通って何。普通ができたら楽なんでないかと度々思った。
なぜか小中学校共にえすっていうかいじわるないわゆるいじめっこな子と仲が良かった。小学校の彼女はグループに属さない孤立してる子を邪険にしたり気まぐれにグループの誰かを無視したりして私にももちろんその塁は及んだ。私にはその心理がさっぱり理解できなくて一人で絵を描いたり、ハムスター仲間だった孤立してる子としゃべったりしてたらどう面白くなかったのか知らないが連れ戻しにきた。
果たして彼女は面白くてやったのか、機嫌が悪くてやったのか??

私ここ1週間ちょーっと鬱々して内弁慶をしていた。から、か?祖母がキレかかっているらしい。   っていう話をきいたらさ、!昔シカトした子はこの心境だったのかー!とつながった気がしたんだ。あたしのせいじゃないじゃん!?いやわからない今となっては。気性の烈しい子には私の優柔不断さは気に障っただろうし。しかし中学校の方は真性サドだったと思…う
無邪気な怖さを感じたもの……。
おばーちゃんには朝イチに出向こう、悪いことをした。
きのう半日京都に逃げようともくろんでみた。が大事なのは距離じゃないと思い直す。己の密度だよ多少の風穴などではしぼまないくらいの。あと見栄はあってもいいがうそをつかなくていい勇気。ほしー!
…ううん… いちんち経ってやっぱ己のために京都かしら…と思う迷う…
母に関して現実を受け入れるが第一関門、それからだ。



うすうす感じていたが、先手が必勝なのはそれに愛があるからだ。
人が好きならその人でなくその人が見る方を一緒に見なきゃ一緒に居れない
本当にとすきなひととは結婚しないほうがいいの意味が分かった。
もし同じものを見ててそのひとも好きならそんな幸運ってない 結婚だ!!



嫌われ松子にきのうはもっていかれてました。
好きなものを、伝えるのも、先手必勝!瞬発力!腹筋背筋!!
うちの母は仕事によって最低限必要な余裕すらない母なので子供は物心ついてしばらくすると自分は与えねばならない側だと気付いた。われわれ(私と姉)はそれがこの家を廻すルールだと理解した。身体壊して稼ぐ母のためどんな嫌でも時間がなくても気を回し手伝った。
ところで気を回す側にいるとしばしば家とは関係ないトラブルに巻き込まれる。とみに小学校生活は自分には見え透いたトラブルつき「楽しい計画」をたてる学友達に心底疲れた。
ある日ふと思った。回避できるトラブルだがぶち当たっても誰かが処理をしてくれる。あれになれば私楽に生きられる?って思った。急に与えられなかったものをおぼろげながら認識しだしたんだ。
そうなれる家庭ではないにも関わらず私はあれになる権利を要求しだした。甘えたのだ。先回りも気を回すのもやめた。自然でいて何が悪い、先回りなんて疲れたと喚いた。余裕のない物言いをする母とぶつかるのは簡単だった。母には時間的にも物理的にも無理な要求だったのに半引きこもりの高校時代は車で送迎してくれた。愛情強奪時代。今もやめられてない。

強奪ではあるが身を削って働く以外の母の時間をもらったのは私と荒れて手を焼いた弟だけだ。姉はたぶん要求したことすらない。ひたすら母のため母不在の私と弟のため母親代わりとして振る舞っていた。何かをもらえるとは思っていない節がある。
私は甘えられてよかったかというと多大な後悔もあるので、まあ一言でいうと「しがらみが増えた」なんだけど ただ最初から長女という柵にいた彼女だからそれ以上は正直ゴメンなんだろうと思う。言いそうだ。ところで家のゴタゴタが落ち着きをみせつつある今、ちょっと変化が起きている。人の好意が信じられるようになった、そうである。私は自分から人の下に入って不戦敗を示すやり方で甘えて生きようとした。これから性根叩き直さねばなるまい。


思い込みもコミコミであくまで一側面でしかないので(父とか全然だし)これから整理するとして
日記以上のこと
をそろそろ考えてはどうだろう
そうそう不満をね
愚痴って振りまくまいと思って自分は緩衝材だと思っていた。感じない感じないってごまかして我慢してた結局自己満足的我慢。そしたらついに明らか間違ったこと言われても瞬発的に糾せなくなってね、まずいと思った。思考の怠慢が身についてたからほんと死んでまっさらからやりなおすしかないと思った。

回転の鈍さは怠慢によっておこる
もとをただせ理解をおこたるな だ
ええと


もう忘れかけている!!!


ええと、このように外骨格を認識するばっかりの考えは忘れたらおわりということだ。三日坊主だ。一夜漬けの記憶はほんとに3日しか保たないんだそうだ。
考えって連綿とつづく変幻自在だといいな。っていうとマラソンみたいだな。
ああ!マラソンきらい!