それでも次の瞬間には使いそうになる
使っていっしょにいたらしあわせなんだから


でもそれは人生の目的にはならないんだ。
しあわせで言えばこれ以上しあわせにならないんだから、このまま死なないかなとか思っちゃう。ろくに他のしあわせ知らないうちにね。

今まで6年やってきたことは自己暗示して「いっしょにいつつ目的のなさに悩んできた」
こっから

自己暗示しても同質にはなれない。

つーかもとをただせば私は私にしかなれない


それなら生きる目的持つほうが考えずに人生やりすごすより時間が経つの早いだろう。それが有意義っていうんだろう?
おとつい何のタイミングだったか久しぶりに切れ目なく思考ができた。知恵熱出そうなくらい淀みなくグルグル頭がまわっていた。

自分がなりたくてでもなれないってわかるのがいやで考えるのやめたってことを思い出した!一緒に飛びたくて、でもうっすら同じ風景を見れやしないってどっかでわかってた。無意識を信じてがむしゃらにやったら何とかなるかもって、それで自己暗示したんだった。「考えるな、あるがままにものをつくれ」って
そんで、結果は失敗だな。
いっくら近くても個人がおなじであるわけがない。

さあやっと自分何がしたくて何があればしあわせで出来ないことも6年かかって分かった。これから対策もとれるってもんだ。


しかし6年はかかりすぎだろ…!
自分でかけといて信じすぎるって!…なんというマヌケ!!!
これに懲りて自己暗示はもうするまいよ。
つか親に反発する時期なんかとっくに過ぎたしさ
ああ6年
ほんと長い
ぽっと出ぽっと消えやすいゆるい繋がりの思考は
真ん中が消えたりすると結論しか残らない
なんでそう考えたか、が大事だったりするのにな
人に説明する段になって自分で説明できないまぬけな事態がしばしばある。

ちょっと他人のことばを有り難がりすぎだばーか
自分でしゃべる言葉くらい自分で考えろい

というところか?
優れているものは最初からそうである。
できるしたいすべきだと思っているからできるんである。
ビジョンが見えてるからできるんである。
しってるよ!
命賭けていいものに執着する生き方が
したいんだ!
(何…?ムダにあついわ)


今の職場で
給料そのままでいいなら終身雇いつづけてあげるって言われました。

…ウソだいぶ曲解
正しくは「オマエ遅刻多いから給料上がらないから」だいぶいいほうに曲解


死んでも遅刻しないとは
死んでも誓えない

小学校からなんでもかんでもな集団行動への被害意識があった。
小も中も高も卒業が待ち遠しかった
でも終わるって知ってたから我慢できたんだよ!

今の職場はー
これ以上のスキルアップはないな

こっからは頭の中で考えてみるよ
日曜のあさぴしんぶんのハンナ・アーレントの記事を切り抜きった
となりの「実験動物は誇り高い」も切って貼った。


アーレントはんの迷いのなさの根拠と思考過程がしりたい。
本がバっ…高いんだよみすずとか筑摩!

こんな時こそ図書館だ!
延滞してる5冊を返さなきゃだぜ。

1ヶ月で5冊かりて完読間際一冊という吸収率はどっこい悪くないと思っている
イッツマイペース

ひとりごとたっのしいですー
吐けるイコール
わたし考えててもいいんだ!つう考え
おつきあいいただいた方にはお目汚し大層もうしわけなく反面
大変うれしく思っちょります。



…大層と大変の使い分けって何!?(こんなとこメモるな)
ひとりごとだな

って言われた
あたってるっていうか
ひとりごとは人に言わないほうが円満、というつっまらん部分のたれ流しなんだ
情報のプールができないトリ頭にとって言わない=考えなかったことになるので吐き出さないと考えがきれぎれになってしまう

言語化を頭のなかでする訓練てないかなー
考えるより先に口やケータイを打つ指が反応しててさあ


…脳トレか!?
もう会うかわからない姪たちや
まかり間違ってできるなら娘をおかっぱ白ワンピにしたいなあ、とたくらんでいます。

まあないだろうね
だれか教えてくれ


女であるということが罪であるかのように感じるときがあります
話の聞けない母を見るとイライラすると同時に私もあれなんだと確信する

まわりが見えないのは見たくないからで自分が一番かわいそうでいたいからだ。
かつてちやほやされた経験がなければ自分に同情を集めるなんてことしないだろうから、女子の外見をほめるという習慣が女子の視界のせまさを生むんではないのかなー

娘に流行の服着せて喜ぶ母親とかもってのほかだな!
親にはしてもらえなかったが他人には大人子供問わずかなりウケがいい小学生だった。大人にちやほやされるために知識を仕入れ同世代には大人っぽいと思わせて関心を引いた。友人関係はそれでのりきったようなものだ。
つまり私の今までの人生は他人の関心をひくことだったんだ
読んでるんですけど、よく
えっと何の話してたっけ?
ってなる。
つらつらつらつらどこに向かうんだか定かでない話が最後にカチッと小さく着地する。
エンターテイメント性はないけれど大学の講義のようなエッセイ。
おかげでケータイがメモでいっぱいさあ

クラシックを、父母が聞くのでなんとなしに聞いて育った。
オーケストラは
バイオリン主役にみえて各々の楽器の悔しいくらいカッコイイ旋律の入れ代わり立ち変わりで曲ができてる。
贅沢な音楽だと思う。髭のナイスミドルに代わる代わるエスコートされるようですはぁはぁ。

と、今チャイコフスキー聞いてて思った。