深夜放送でやってて、画面が荒かったものだから一体いつの映画だ??と思って見ていた それにしては小物類がちゃんとSF的工業製品だし上半身だけで階段昇る様など演技が迫真でどっこも不足がない。キャストがどっかで見た…とウンウン言ってたけど結局スタッフロールになって「ユマサーマンかぁああ!」「イーサンホーク…!」めっちゃ最近でした

そしてやっぱ人生物語だよ
最近の理詰めアリバイ工作映画では人生語れないよ
SFほど物語を大事にしたジャンルって実はないんじゃないだろうか。


こういう映画のまちがっても配給されない地域に住んでいます。○空…ケッ…!もう建てるしか。ステキな夜の遊び場所望…!
保護者を保護者として認識したかった頃うちにやってきた子猫はわたしのひざに頭をすりつけて眠った
わたしは泣けてきた
いとしさで泣けてきた
かなしくて泣いたのかも
あの瞬間からわたしはどっちか滅ぶなら猫が生き残ればいいとおもった


猫を愛すのはいいが自分が人間であることをたまに忘れるくらいすきときらいを故意に遠ざけてしまうわるいクセな!

「人間性に絶望してはいけません、なぜなら我々は人間だから」
とアインシュタインせんせいは言った

あと「自分で責めなくてもいいじゃん、他人がやってくれるから」
えろ本でも日記帳でもしょっぱいブログでもないですがまあそれに近い


今日は出かける前にちょっとカバンの本を重いからってマガジンラックに伏せて置いといたんだ。帰ってきたらラックは整理されておった。本は、本は上向いてそのタイトルを曝していた。

「インナーチャイルド 本当のあなたを取り戻す方法」
「インナー・チャイルド 人生がワクワクしてくる子供心の超パワー」



自己啓発本が恥ずかしいんでもインナーチャイルド疑惑が恥ずかしいんでもない。親に見られたっつうことがアレなんだ
アレとは
親の本棚に「不良のしつけ方」を見つけてしまった時の切なさだ…!


意図的にやらないと親に一直線なのだということがよおーく分かった
レジ袋とブックカバーノーサンキューはタイトルとカバンのおっきさ考えて言おうって思った
線ひかねーと!!
なんだかさ、人生が 
おもしろくないなって思ってるとどんっなすんばらしーマンガも映画もいつかふとした瞬間に飽きるんだろ?
…みたいな見方しちゃうんだ。
もーオマエは一体何様かと。五年後の自分のつもりか。ええ
感動したならしたっていいたまえよ。


ってことで


西炯子のまんががすげえ 
!!!


あの表情の変化一コマ入れるだけでキャラの思考や気分の伝播っぷりったら…!普通わっかんねぇ他人の考えてることがあたりまえに言語化できるマンガでやられると愛しさ余って憎い。
たぶんまだ最新刊「電波の男」の中の
海の満ちる音 の活字を読んでるようなちょっとずつ登場人物を想像していく感覚なんか…もう円熟かと。
このひとラブコメもどたばたも描けるのに言葉を削いで削いでこんなん作るのかと。
マンガのくせに行間を読ませる。コマ間か。
迂闊にマンガ読みにすすめるくらいなら活字読みにすすめたい西炯子でありました。
したのがなんだかマズイ方向に作用しちゃったのは気のせいじゃなくてさ、

母は明らか許されじまいのACで仕事にせっぱつまりはじめると我ら子供の前でも頻繁に癇癪を起こす。そのうち見かねた父がついに母に釘を差し、それ見て我ら子どもは親を疑い、正しい愛情をしむけるべく啓蒙と小細工に走った
当時小学生には子供の愛し方を大人に啓蒙するすべはない。五つ上の姉はそれでもがんばった。ひっぱりあげるのは主に父と姉。母の再教育(エラソだがまったくそうだった)のための親役は3人はくどい。私の出る幕はなかった。しかし何かしないではいられない。そこで子どもは芝居を打った。ポジションは母よりばかな子供、父や姉の助言諫言を素直に受け入れるってシナリオ。私なりの啓蒙。(今なら助言諫言じゃなく愛情受け入れをテーマにするね←私もどこまでもACだよなあ)そのうちウソくさい芝居ではダメだと思って本気で役を作りこみはじめた。 …あの頃の自分にやめなさいって言いたい…!!
母の心理になり感情をなぞりヒステリーな私でもって母に反面教師をうながした、つもりが同族嫌悪しか起こらなかった。結局母自身を見てあげるしかなかったんだ。
とにかく少しでも早く母が愛情くれるまで回復してくれるのが悲願だったがまちがえた。その場で軌道修正をすればよかったが話題は弟が不良の花道歩き始めたことに移動して母役が板についてしまってた姉は弟問題に奔走することになる。
私はもう考えるのにつかれてた、考えたことが裏目に出るのが嫌だったのかもしれない。安直に弟の反対をすればいいと勉強に当たった。そんなことで私のほしい愛情がもらえないと分かりながらなら考えるのもいやで受験にかまけた。募集拡大年度で倍率が低かった地元名門高校にビリっけつで受かってしまった時、私にとって勉強は意味がなくなった。

…ってことをなぜ暇な高校3年間に考えなかった己!!
やー
アタマを止めるってほんと罪だわ
8年もなにもしてこなかったじゃあない
今気付いてほんとよかった
ってことにしよう

人生はナラティブ(物語)である
ハンナ・アーレント
ほんとそうだ!推敲していいこともわるいことも物語のうち
たかだか80年の物語のうち
めそめそ沈むのはいつもだが今日はそのあと上向けた!人と会うってすげえなあ軽くパラダイム変換だったよ!忘れてはならないどんな人でも学ぶべきことはある。
母になにかしてあげるには 私にはなにかしてもらったことがちょっと少ない

ふとんのなかでナルニアよんでもらった(弟も一緒にな)
誕生日に桃のかんづめカゴでもらった
登校拒否のとき送迎してもらった(逆ギレして置いてかれもした)

桃のかんづめが一番うれしいな

ほかに何かないのか・・・
それがあればちゃんと生きれると思うのよ
そんな経験久しぶり
どこがボケなんだか自分でもはっきりしない私の言を一瞬の整理&ツッコミで明快な笑いに転換してくれる人で初めて人とキャッチボールができたと思ったのが彼女だった。感謝などしきれない。そんな人をあたい不義理して音信不通にしてしまった。いいわけをいっぱい考えて やっぱ少しにしよう。
旅行の写真を探さなくっちゃ!