先日の横浜デートが楽しかったので、
またちょっと書いてしまいました。
私の勝手なイメージでお話が進んでいますので、
なんか違くね?と思われた方は優しく通り過ぎてくださいませ…
でも読んでいただけたら嬉しいです。
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ある秋の朝
なんだか落ち着かない…
さっきから妙に、視線を感じる。
正直、見られてるな、と感じることは普段からよくあるけど、
いつものまなざしはもっとやわらかくて優しいのに、
今朝のそれはいぶかしげで、不満そうな感じ。
向かい合って二人一緒に「いただきます」と言ったきり、朝食の間ずっと黙っているのはそんなに珍しいことじゃない。
お互い朝は忙しいし。
でも、今日の沈黙は何か硬い。
その上ちらちらと窺うような目をこっちに投げかけるから、
お味噌汁を飲み込むのさえ緊張してしまう。
いったいどうしたんだろう。
今朝は一週間ぶりに長雨から解放されて、気持ちよく目が覚めて…
起きたときは機嫌がよさそうだったのに。
寝室のカーテンを開けたら晴れていたのが嬉しくて、思わずその勢いのまま窓も開けてしまったから、ちょっと寒かった…?
でも、それってそんな不機嫌になるほどのことでもないし。
今日はご飯のかたさも、目玉焼きも会心の出来で、
せっかく気持ちのいい朝の美味しいごはんだったのに、すっかり味気なくなってしまった。
なんてもったいない。
「ごちそうさま…」
家を出るまであと30分。
こんなもやもやした気持ちを抱えたまま出勤するなんて納得いかない。
何か言ったら火に油になりかねないけど、何も訊かずにぐるぐる考えてるよりはまし。
話が長引きそうになったらそれはそれとして切り上げよう、と心を決めて、わたしは思いきって顔を上げ、
「あの、」
と声を発して、また固まってしまった。
…いま、二人で同じこと言った?
ひとり分の声じゃなかった気がする…
「あ、ど、どうぞ」
譲られて、はっと我に返る。
やっぱり同じタイミングだったんだ。
「…では、あまり時間もないし、お先に言いますね。
れいさん、今朝は、何かあったんですか…?」
けんかにならないように、慎重に言葉をさぐる。
「…どうして?」
「気にさわったらごめんなさい。
でも、何か考えているように見えたから」
「あぁ、いや、別に…何もない」
そっけなく返ってきた答えにちょっとカチンときたけど、つとめて平静に受け流す。
「そうですか…
では、わたしが気になったことはそれだけなので、今度はれいさんが話してください」
緊張して、つい口調が固くなってしまう。
「あぁ、そうか…それだけか。
じゃ、おれの番だな。
あの…」
れいさんは一瞬下を向いて、おずおずと見上げながら口を開いた。
「…みささん、香水、変えたか…?」
意外な問いでびっくりした。
「香水?」
「いや、今朝起きたら、部屋の中がいつもと違う匂いがして…
花みたいな匂いだから、香水なのかなって…
だけどおれ、みささんにこんな匂いの香水なんか買った覚えないし、
だから、どうしたのかと思ったんだ…」
れいさんも、れいさんなりに、一所懸命に言葉を選んでくれているようだった。
とつとつとつながれていくれいさんの言葉の、内容を頭の中でたどっていったら、
あっさりと答えが見つかって、思わず笑ってしまった。
わたしが笑うものだから、れいさんは困った顔になっている。
早く安心させてあげなきゃ。
「…れいさん、それはきっと、金木犀です」
「キンモク、セイ…?」
「今は金木犀の花が咲く季節なんです。
今日は久しぶりに窓を開けたでしょ?
だから花の香りが風に乗って入ってきて、それでいつもと違う匂いになったんだと思う」
「…」
「わたしも窓を開けたとき思ったの。
金木犀の匂いがするなって」
わたしは、まだ飲み込めていない様子のれいさんの手を引いて、寝室の窓のそばへ連れて行った。
「ほら、見えますか?あのオレンジ色の花。
あれが金木犀」
窓の外には、隣家の塀の上からこぼれるように、金木犀の花が咲いているのが見えた。
れいさんは窓から顔を出し、わたしの指さす方を見て大きく息を吸い込んだ。
「おぉぉ、そうか。
うん…確かにこの匂いだ!
あれが金木犀なのか。
あんなに小さい花で、ここまでけっこう離れているのに、こんなに香りが強いのか、金木犀は!」
「そうですよ。
わたしこの香り大好きです」
「うん、ほんとうにいい香りだ!」
れいさんが不意に振り返って、
「おれも大好きだ!」
と目の前で言ったので、どきっとした。
わたしは思わず下を向いた。
れいさんも後ろへとびのいた。
「…んあぁ、今のはその、変な意味じゃなくて…」
「わかってます…金木犀の香りが、ってことですよね」
しどろもどろになっている今のれいさんは、さっきまでの不審そうな表情の人とはまるで別人みたい。
胸のつかえがとれて、安心しているのがよくわかる。
そんなれいさんを見ていたら、たとえようのない温かい気持ちがこみ上げてきた。
「…窓、まだ開けておく?」
「ん?ああ、そうだな。
今日はもうしばらく、この香りをかいでいようじゃないか」
ベッドに座って弾みながら、無邪気に笑うれいさんの表情に、わたしの心もほぐれる。
気がつけばわたしも、朝食のときとは打って変わって幸せな気分になっていた。
「じゃ、わたしはもう支度するから、
悪いけど出かけるまでに閉めてくださいね」
と言い、寝室を出ようとしたら、
「あっ、でも」
れいさんが呼び止めた。
「金木犀のことは別として…
おれは、みささんが、大好きだ!」
突然、こんどは迷いのないまっすぐな目で言われて、
わたしは何も言えず立ちすくんでしまった。
れいさんはベッドのスプリングの弾みを使ってふわりと立ち上がり、
「さぁ、おれも洗い物するか!」
と、通り過ぎざまにわたしの頭に軽く手をのせて、寝室を出ていった。
取り残されたわたし。
れいさんの手の温もりのせいか、頭がほわんとする。
いつもはあんなこと言わないくせに。
「…ずるい…」
顔が赤くなっているのがわかってしまいそうで、
わたしは動くに動けなくなってしまった。
何度も息をついて、少し早くなった鼓動をやり過ごして…
ふと時計に目をやると、もう時間がほとんどなくなっていた。
わたしは大急ぎで寝室を飛び出していった。
おわり