女房が「はな」という名をもらい、奥方様の話し相手をするようになってから、
奥方様の言葉かずは日ごとに増えていきました。
話し相手というだけなら誰にでも務まることでしょうが、
女房の身体から漂う花の香りには、奥方様の心を癒やす特別な力があるらしく、
それだけは他の誰にも真似ができないのでした。
一緒にいると心が落ち着くから、と奥方様はいつも女房を近くに呼んで離したがらないので、
はな という新入りには何かよからぬ企みがありはしないかと、
古参の女中のなかには不審に思う向きもあったのですが、
気取りも屈託もない女房の人となりに触れると、誰もが警戒心を解いてしまうのでした。
次第に心の平穏を取り戻してきた奥方様は、
やがて、これまで心にうつうつと溜めていた思いを女房に明かすようになりました。
「もし はな の夫が仕事を終えたら、
はな は里に帰ってしまうのねえ。
そうなったら、わたくしはどうしたらいいのかしら」
女房の夫、つまり匠が自分への贈り物を作っているとは露ほども知らない奥方様は、
そう遠くない女房との別れの時を嘆くのでした。
「殿様がいらっしゃるじゃありませんか。
奥方様のことを、それは大切に想ってらっしゃると聞いております」
「殿は…どうなのかしら。
わたくしはもう十年近く子もできないし、
物知らずで、都の空気について行けなくて、
殿はそんなわたくしに愛想を尽かしているんじゃないかしら」
自嘲するように言う奥方様に、
女房は思わず語気を強めました。
「そんな心弱いことをおっしゃらないでください」
女房は一瞬言いよどみましたが、
心を決めて、小さな声で続けました。
「…子は、どうしてだかわたしもできないのです。
実は、わたしの体には、生まれつき普通でないところがございます。
子ができないのはそのせいなのかもしれませんが、
それでも諦めたくないのです。
だから、どうか奥方様も望みをお捨てにならないでほしい…
これはわたしの勝手な願いですが」
女房の告白に、奥方様の顔色が変わりました。
「なんと…大変なことを打ち明けてくれたのでしょう。
はな、わたくしが悪かったわ。
こうして、わたくしのわがままに親身に応えてくれるそなたのためにも、
これからは望みを持ち続けるように心がけるわ」
奥方様は涙を浮かべて女房の手を取り、
友情を示してくれた女房にかたく誓いました。
女房はそんな奥方様の素直な思いを、
なにより貴いものと受けとめ、
この奥方様と引き合わせてくれた老木の精の力に改めて感謝するのでした。
匠は相変わらず贈り物の製作に没頭していました。
ひらめきをつかんでからは、
方々の職人を訪ねて、教えを乞うて回る日々でしたが、
誇り高く気難しい職人町の親方たちも、若い匠の謙虚で真摯な姿勢と、舌を巻く技量や感性に惚れ込み、
この匠に与えられた大きな仕事のために惜しみない協力を約束してくれました。
ものづくりに一度入り込むと周りが目に入らなくなる、
女房は匠のそんなところもいとおしく思い、また尊敬しながら、
匠の仕事をさまたげないよう心を配りました。
奥方様は女房を頼りにし続けましたが、かつてのような依存的な頼り方ではなく、
打ち解けあった女友達のように、温かく落ち着いた交流へと変わっていました。
そうして、長い冬が終わりを告げる頃、
とうとう殿様たちのお祝いの日がきました。
素敵な出来事の多かった11月も
もう終わりですね。
昨日珍しい雲を見かけました。
鳥の羽毛みたい…ちゃんと写ってるかな ^_^;