今回は、重度の自閉症でありながら、
パソコンや文字盤を使って、自分の
想いを伝えておられる 東田 直樹さん
(1992-)の言葉を味わいたいと思います。
 
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『東田くん、どう思う?』から抜粋
(東田直樹、山登敬之 著)
 
・みんなにとっての記憶は、生きていく上での
道しるべなのですね。 
困ったり、迷ったりした時、人は次の一歩を
踏み出すために、必要な記憶を取り出す
のではないでしょうか。
僕の記憶は、未来につながらないのです。
なぜなら、自分が何かをする時に、記憶を
頼りに行動することができないためです。
僕がこれまでできるようになったものは、
パターンとして覚えたものだけです。
 
・僕はいつも、自分の好きなことをしていれば
満足でした。 砂をさらさら落とし続けたり、
流れる水をながめたり、物を回したり、
美しいと思う世界と自分が一体化すれば
幸せだったのです。
人がいることもわかってはいましたが、
まさか自分も人だとは考えていませんでした。
自分も人だと徐々に自覚し始めたのは、
三歳の終わり頃だと思いますが、その時の
衝撃は僕の記憶に強く残っています。
 
・自分が人だと考えていなかった僕が、
自分のことを人だと認識し始めた時、僕の
胸は悲しみでいっぱいになりました。
それは、人に対して魅力を感じていなかった
からではないでしょうか。
僕の周りには、こんなに美しいものが
たくさんあるのに、人にならなければ
いけない現実に愕然としました。
人として生まれたことが、今でも信じられ
ません。
 
・「考えることや、好きな物、信じるものは
みんなそれぞれに違います。 考え方の違う
世界の人が仲よく暮らすにはどうしたらいい
と思いますか?」という質問に対して。
 
 仲よくしようと思わないことです。
お互いの文化や存在を認め合い、尊敬すること
ができれば、それでいいのではないでしょうか。
仲よくしようと考えるから、自分のことを理解
してもらいたいと期待するし、相手のことを
必要以上に知ろうとします。
元々、宗教や生活様式が違うのですから、
そうなると意見の押しつけ合いになります。
あるがままに共存することが重要です。
 
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どうでしたか、みなさん?
僕は、自閉症の方がこんなにも豊かな想いを
その人の中に持っているんだということに
感動しました。
言葉って大事ですね。
 
言葉によって、人と人はつながりやすくなるし、
また自分の中で自分自身とも、つながりやすく
なるのではないかと思います。
 
それにしても、自分が人であることに気づいて
愕然とするというところ、面白いなぁと思いました。
 
僕は、自分が人であることを当たり前に
生きてきて、そこに疑問というか、
何のぶつかりも感じずに生きてきたので。。
 
もしかすると皆、例えば赤ちゃんの時などは、
自分を人とは思っていないのかもしれません
けどね(^^)
 
 
 
自然は美しい
 
そして
 
その自然が
 
人を生んだ
 

無邪気に生まれ
 
無邪気に育ち
 
邪気に触れ
 
邪気を帯び
 
そこから
 
邪気を越えうるか
 
 
人ゆえに
 
感じること
 
人ゆえに
 
できること
 
 
人ゆえの
 
美しさ
 
 
そこに
 
至れるか
 
 
それを
 
分かち合えるか
 
 

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じぶん まるごと

しぜん まるごと

まなぶ クラス

くらす クラス

まるごと いきる

まるごと いかす

まるごと クラス

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