このブログを開いて下さりありがとうございます。


2020年、母33歳で乳がんになりました。

全摘手術後、ホルモン療法で

治療中です。

当時、娘は3歳。


AYA世代でがんになり、

見える世界は変わってしまったけれど、

それでも日常の中の

つつましくも彩りある出来事に

気づけるように。


日々のこと、子育てのことを

残しておきたいと思って書いています。


お気軽に繋がってもらえたら嬉しいです!



先日、同病をきっかけに出会ったブロ友さんと会った日。

用事があるとだけ言って、娘は夫と留守番。


帰った後、何してきたの?と聞かれたので、


同じ病気で頑張っているお友だちに会ってきたことを話したら…


「どんなお話したの?」

まぁいろいろよ。

と軽く終わらせようと思いきや、

答えがほしそうだったので、


「これからもずっと元気でいられるようにがんばろうねって励ましたり、だよ」

なんて話してみたら、


娘ウルウル…

「元気じゃなくなったら、どうするのよぉぉ」

涙…えーん


おいで、と抱っこして。

大丈夫よ、今元気でしょ?

1回しか病院お泊まりしてないでしょう?と

そう切り出して。

その時に悪さをする病気の元は取ってもらえたんだよと。


「バイキン?」


やっぱり。

3歳の時に話した内容は全部覚えてはいないよね。

バイキンとは違うんだ。


迷ったけど…



初めてこの言葉を、5歳になった娘に。


病気の元はガンちゃんっていう名前なんだ

(癌はできる人もいれば、できない人もいて、

お母さんはできたんだねと追加)


ガンちゃん?!?

と笑った直後、

真顔で


ガンっていう名前なの?



す、鋭すぎる…!


「そうだよ。ガンっていうんだ。

よくわかったね。」



私は5歳の時、ガンなんて知らなかったよ…




癌がまた身体の中で悪さをしないように、

薬も飲んでこれからも元気でいられるように

頑張るからね!とこの日はおしまい。




全摘したこの身体であることにも少しは慣れてきて、

ちょっとだけ、

ほんのちょっとだけ

過去のことって思う自分がいて。

というか過去のことにしたいんだけれど…

そもそもまだ治療中の身だしね。


だけど、今回のことで、

娘も娘の目線で、

まだまだ真っ只中だったのかもしれない。

そんな風に思いました。


まだまだ終わった過去のことにはできないね。

と感じる出来事でした。



私は癌告知時、

子どもに伝えることの道標がなくて。

そして、幼い時期に伝えられた、その後のエピソードや、その子の解釈や母の病気に対しての眼差しが知りたくて。

なので、癌告知から2年を迎える少し前の、

この日の娘との会話を残します。



↓この日に至るまでに、

娘と話してきた、母の乳がんについての会話は

こんな風な経過を辿っています。