モンテッソーリで見たこと  の続きです。


近所の子どもは、私が見学に行ったのが嬉しくて

教室内を小走りしました。

彼女の顔は喜びと興奮が現れていて

私が遊びに行ったことを喜んでいると私にも分かったくらいです。

でも、教室の先生は

『走ってはいけませんって、いつも言ってるわよね。元の位置に戻りなさい。』

その子が小走りをした1メートルくらいを元に戻るように言いつけました。

早く次の遊びを見せたい彼女は、やっぱりゆっくり歩けませんでした。

『もう一度戻って。』

三回くらい繰り返された後、彼女の顔の微笑みは無くなり

彼女は見るからに肩をがっくりと落として静々と歩いていました。



子どもには躾をする前に、体を発達させるお手伝いをしたほうが良いです。

RMの子どもは毎日、小走りではなく猛スピードで走っています。

三輪車のスピードなどは

『4歳児だとそこまで出来るのか?!』と思えるくらい、かなり早いですが

それと同時に、足を動かしている姿を見るとその回転の速さに感動するくらいです。

落ち着かない子どもには、『外に行って暴れて来い!』と言うのがRMの方針で、決して

『静かにしなさい!走っては駄目!』とは言いません。



それから、女の子はテーブルで遊ぶところを見せてくれました。

RMにもあるようなステンシル型で

こちらは、教育を意識して、図形の物を使っていました。

小さな紙に、四角いステンシル型を乗せた女の子は

色鉛筆で、思いっきりステンシル型に合わせて色を塗っていました。

これは、つまり訓練です。

遊びではないです。手を動かす訓練をして、早く字が書けるようにするのです。

『こうやって塗るって、決まってるの。』

『そうなんだ・・・。』

(楽しいのかな・・・・)


後ほど、そこの先生と会話が出来たので

色々と質問して、彼女からも聞かれました。

『ここにあるおもちゃとか、見たことありますか?』

『ありますよ。私の保育園にもあります。ただ、使い方が違いますけどね。』

『え?どういうことですか?』

説明すると長くなるので、『私の保育園では遊び方に決まりが無いんです。』とだけ言いましたが

『それは、どうやるんですか?』と、その先生には意味が分からなかったようです。

モンテッソーリの先生は、モンテッソーリの教師になる為の訓練を受けていますが

私が大學で普通に学習しているような、子どもの脳や体の発達のことなどは詳しく理解していないようでした。

それでは、間違ったことをして居ても仕方ありません。

子どもが嬉かったら走ってしまうのは当たり前。

小さな子どもは、走り回ることで

体の筋肉を作っていくのです。

小さいうちに、激しい運動をさせない学校なんて

子どもの何を知ってるのか?と疑問に思ってしまいますが

彼女が悪いのではなく、彼女を先生として作り上げた人の責任なので仕方ありません。


見学中に感じたことですが、このシステムでは子どもが大切にされていないと言うことでした。


見学していた子どもがトイレに行った時

着替えが必要になりました。

子どもは、おしりを出したまま

先生が手伝ってくれるまで待っていました。

先生は、たった二人しかいませんから

その子は、先生が気がつくまで

叫びもせず、ただおしりを出してたっていたのです。

やっと来てくれた先生は、まず彼女の着替えを引き出しから探し出し

それから新聞紙を探し出してから床に敷いて、やっとそこに子どもを座らせて

それから下着とズボンをはかせました。

RMでこの待ち時間はありえません。RMは、大人の手がたくさん在りますから

おしりを出してる子がいたら、すぐに気付いた人が

保育園にストックしてる服を素早く選んで着せます。

誰がどの服なんて、いちいち決められていません。

子ども達は、自分でどんどん着替えることも出来るような場所が出来ているし

何より、大声で叫びますから

『助けてぇ~~~、誰かてつだってぇ~~。』と言う声に、必ず大人が駆けつけます。

多くの大人の手に助けられ、世話をされている子どもは

自分が大切にされていると言う気持ちをどんどん膨らませることが出来ます。

自分が大事な存在と感じるのは、不快な状況に陥った時に

誰かがすぐに助けてくれる時です。


続く