【葛藤をかかえる】
子どものこころのコーチング・インストラクターの松本麗子です。
私は、もともと短気でした。
何でもすぐに決めたがりました。
私は、葛藤をかかえることが苦手です。
どうしても、自分で何とかしたくなります。
その方が、早いから。
そして、それは他人の領域にまで、土足で踏み込んで行く事でした。
【私の思考を横に置く】
長女が小学一年生の頃。
歌と踊りが大好きだった長女。
保育園では、広い園庭を毎日駆けずり回っていたのに、
小学校に入ってめっきり運動量が減った事が気になり、何か習い事を探しました。
少し離れた小学校の体育館で、チアダンスをやっていました。
私は長女を連れて、見学に行きました。
行きの車はノリノリだったのに、イザ体育館に入ると私の後ろに隠れて、岩のように固まる長女。
コーチに誘われても、うんともすんとも反応しませんでした。
挨拶もできないなんて。
帰りの車で、私は半ば諦めかけました。
チアダンス、いいと思ったのになー。
長女にぴったりだと思うのになー。
…
…あ、これは私の思考だ。
この頃、私は子どものこころのコーチングを、始めかけだったと思います。
私は、「私の思考」をまず横に置きました。
長女の頭の中は?
どうなってる?
当時の私には、想像つかないことでした。
長女の思考、頭の中、思い、全くわかりませんでした。
グッとこらえました。
「私の思考」を横に置いたまま、「まったくわからない」ままでいる。
私にとっては、
”不安の渦の中に、ゴボゴボと飲まれて行きそうになる”
そんな感覚だったと、記憶します。
【長女の話を聴く】
次のチアダンスのレッスンの前日、長女がポツリと、話しました。
「チアダンス、踊りたかった…」
「踊りたかったんだね。」
「うん。」
「…どうしたら、踊れそう?」
「…お友達がいない。」
「そっか~~。
じゃあ、ママが同じ一年生にお名前を聞いてあげるのはどう?」
「…」
長女が小さく頷いた事を、今でも覚えています。
「…みんな上手で、失敗したら恥ずかしい。」
「そっか~~。恥ずかしいんだね。」
「あんなジャンプ、出来ない。
「あの、難しそうな大ジャンプだね。」
「…長女は、チアダンス、踊りたい?」
「…うん。踊りたい。」
「わかった。ママに出来ることは、お手伝いするよ。」
そう言って、次の日、チアダンスの体育館に行きました。
【私に出来る事と、長女の領域】
私は、一年生のお友達に声をかけ、お名前を教えてもらいました。
ママ友を作るのが、最も苦手な私にとっては、トンデモナイ行為でした。
勢いに任せて体当たりしました。
それから、コーチにお願いして、
「大ジャンプは見ていていいよ」
と言っていただきました。
それでも、長女は、踊りませんでした。
私の隣に座って、見ていました。
膝を抱えて、体育座りで。
私は何も言いませんでした。
レッスンの半分を超えたくらいで、私は、思いました。
ああ、もう、無理か。
送迎の手配が、無駄になる。
お金も払ってしまった。
「聞く」も、やった。
私に出来る、全ての事は、やった。
"私が、これだけやってあげてるのに"
怒りに変わっていきました。
でもね、これも、「私の思考」でした。
やっぱり、私には「長女の思い」は分からなかったのです。
これでも、長女が、「やらない」を選択するなら、もう、しょうがない…。
そう、思った時でした。
隣に座っていた長女が、トコトコと、歩いて行ったのです。
コーチの隣で、見よう見真似のチアダンスを踊り出したのでした。
【長女の人生は、長女が決める】
そして、長女はチアダンスを習い始めました。
今、5年目に入ります。
途中、上のクラスに合格し、レッスンの場所も、体育館から壁一面鏡ばりのスタジオに変わりました。
あの時、
「やる」を選択しても、
「やらない」を選択しても、
きっと、どちらでも良かったのだと思います。
大切なのは、「長女が決めた」事。
そして今、チアダンスチームを「辞める」選択をしました。
「辞める」にも、私と長女はいろいろなものに向き合いました。
苦しい にも、
悲しい にも。
悔しい にも、
なんで にも
どうして にも…。
私はこれからも、親としての、自分の葛藤をかかえていこうと、思います。
そして、子供の人生に土足で立ち入らない、
私の人生を歩いて行きたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
子どものこころのコーチング協会インストラクター
松本 麗子