私には、生まれた時から29歳で家を出るまでずっと尽くしてきた人がおりました。

その人は、私が家を出る直前に「子育て失敗した」と言い捨てました。

その人は、私によく「きらい」と言いました。
でも時々「きらいなわけないでしょ」とも言いました。
「大好き」は言われたことがありません…あるいは言われたことはあるのかもしれないけれど記憶に残っていません。

その人は私のことを恥に思っていたようです。
以前に住んでいたところ(日本地図にも載っていないことがあるような離島:私が中2〜中3・12月の間住んでいた)で仲の良かった人たちと久しぶりに集まりがあるという時。私が大学浪人中だったために、「恥ずかしいから行きたくない」と言っていました。「リンゴのことをなんて話せばいいかわからない」と。

私の父は引越しが多い仕事に就いており、なので私はよく転校生になった。

私は、その人が久しぶりに集まれるようなコミュニティに属していた頃、学校でひとりぼっちでした。
後輩には慕われていましたけれど、東京から島へ転校した中学生ってなかなか受け入れてもらえないのです。
ただその存在が気にくわない…そういうものです、思春期の女子って。

そして中学3年の12月にまた転校することになりました。
関東のとある県に。
受験真っ只中。
北辰テストなんてものすら知らないで、受験対策してきている子たちの中で受験した。
受けた高校にはすべて受かりましたけれども。

高校は親と先生が決めてしまった。電車通学なしの進学校。
願書を出しに初めて訪れたその高校は、雰囲気がいやだった。
とにかくいやで、行きたくないと何度も親に言ったのに、なだめすかされ受験する運びに。
白紙で出してもよかったものを、真面目な私は真面目に解いて、面接も真面目に受けて、受かってしまいその高校へ行くことに。

高校では、案の定ストレスで体調を崩し、毎日行きたくなくてたまらなかった。
ギリギリまで家から出ず、怒られながら家を出て、それでも心が折れた時には近くの公園でサボってた。
真面目なので、サボっていることに対して罪悪感からまた体調を崩す。でも学校へ行くともっと崩す。

さて、その人は。子どもが恋愛なんてもってのほかだという確固たる意識を持っていた。
弟に彼女ができたときなんかは取り乱していました。わかりやすくではなく、間接的なやり方で。

そして私はその人がかわいそうで、そしてその人の心の安定が家庭の安定でもあったため家族を守るためにも、恋愛を封印しました。

そもそも『女の子』が嫌いっぽいその人は、私のことをかわいくうつくしく育てる気なんかはなからなくて、男の子っぽさを求められていたと言うのとは違うけれども、私が"自分は女の子であるという性自認"を持ったりすると無意識の圧力をかけてくるような。
そしてそれすら彼女の無意識がなす技でもあったのだけれども、そんな扱いは確かに受けながら育ちました。
明言もないし、はっきりとした行動もないから気付きにくかったけれども。

家にも学校にもたのしいことがなんにもない日々でした。
八方ふさがりで、心も身体も悲鳴を上げてました。

悩みを打ち明ける相手もおらず、おまけに長女な私はアダルトチルドレン…
「家には問題がなく、良い環境で育ってます」という振る舞いをするのが本当に上手でした。

今もですけど。

私は人よりももっと心から尽くしてきたはずでした。
そりゃあケンカしたり反抗することもありましたけど。

それでも私の行動の全てはその人の行動パターンと思考回路を考えて考えて、顔色を見ながら、毎日傷つきながら、傷ついたそぶりも見せず、学校でもうまくやっているかのような顔をして、形づくられたものでした。

行動の全て。

思想すらも。

思いやりのつもりだったけど、実はたくみに支配されていたのかも。

*

私がその家を出るとき、きっとなにかしら破滅的な言動を浴びせられるとわかっていました。
彼女なら絶対にそうすると。

それが怖くて、時間をかけて少しずつ計画していった。

当初大学を卒業したら家を出ると言っていたけど叶わず。

延びに延びて、29歳。

なんとか20代のうちに出られたことはまあよかったかな、と。

その代償は「子育て失敗した」と吐き捨てられたこの言葉でした。
もっと早くに家を出ようとしていたら、もっとひどい言葉が出てきたに違いありません。

けどね、私は一人暮らしを始めて、
毎日22時くらいまで働いて、暗い夜道をとぼとぼ帰りながら、頭の中でリフレインする呪いの言葉に毎日毎日泣いていましたよ。

夜中だから人目も気にならなかったし、暗いから余計に心が沈んで。

そんなことしてるから呪いの言葉が脳みそと精神にくっついて離れなくなってしまった。

そのころの私ってば、まるで失敗作の人間かのように本当に『なんにもできないちゃん』だった。

それまでは、どんな仕事でもわりとできた方だと思うのだけど、もうね、人からのささいな言葉に凹みまくり、「やっぱり私はダメなんだーーー」って一日中何度もなんども繰り返してた。
ただただ辛いだけの思考回路。

馬鹿だなあって思うでしょう。
ええ、ええ、わかりますよ。

でもね、蜘蛛の糸に引っかかって出ようとしてもがけばもがくほどに絡まりあって、絡まり尽くしてがんじがらめになっちゃった人間の精神なんてこんなものです。

*

いつからだろう。

わからないけど、

この残業続きの仕事を辞めてしまう頃くらいまでずっと、

私はいつ死んだっていい。
なにかあったら死ねばいい。
生きてて申し訳ない。

って重く暗く考えていた。

それが逆に生きるための理由みたいなものになったし。

*

ネガテイブな方の私って、とことんネガテイブで暗い。

そしてそれは吐き出さなくちゃならないのだと思う。

今がそのタイミングなのだと。


ゲロゲロゲロゲロ…キラキラ音符ゲロー


中身がとっ散らかっているからタイトルのつけようがなく、書いた日づけにしようと思います。