小さな花には無反応夫も

これには、さすがに気付いたらしい。

今回は、

かなり昔の思い出になります。

二十代のころの事、

高校時代の友人と再会したら、

「両親が出て行った」というのです。

 

「このマンションはあなたたちにあげる。

パパとママは、自分たちのために

したいことをして生きますから。

就職できたとかできないとか

人生のあれこれは自分で何とかしてね、

振り回されるのはお断り。」

という意志表示だったそうです。

なかなか楽しいご夫婦だなあ、

と思いました。

 

 

つい先日、アドラーの課題の分離を

読んで、なるほど、と思いました。

(ここからは私のなんとなくの理解ですが)

「その行為の責任は誰が引き受けるのか」という基準で、

自分の課題か、他者の課題かで切り分けてみる。

他者の課題であれば関与せず、

また逆も受け付けない、

という考えのようです。

 

「これからの生活は、自分たちの責任だから、もう親は関与しませんよ。」

という考えですね。

 

類は友を呼ぶ、ではないですが、うちも同じような環境でした。

子供のころは、「勉強しなさい」と親に言われたことがありません。

アドラー風に格好よく言えば、

「勉強するのは子の意志(責任)だから、

親(他人)には関係ない」

という考えだったようです。

まあ、うちの母親、自己中心的というか

けっこうな、わがままで、子供のことすら

関与したくない人なんです(^_^.)

 

で、うちの場合は、放される時期が早かったです。

母親は進路については殆ど関与せず、

父親は単身赴任が長く、

戻ってきた父には

「女は大学にいかなくてよろしい!

とにかく早く出て行きなさい。」

と宣言されて、

(まあ原因があるのですが(^_^.))

困ったわたしたちは、猛烈なバイト&学生生活をおくることになったのです。

 

とにかく、それで言いたいのは、

行為の責任はどこにあるのかを見極め、

他人様の問題には口を出さず、

また言われても気にする必要はないということですね。

 

あ、それで、今思いましたが、

実家の片付けは、どうなんでしょう?

他者の責任であるようで、自分の責任でもあるようで、

難しいですね(^_^.)

 

お読みいただきありがとうございました。

 

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