「俊ぼんの血、コップに入れてがぶがぶ飲みたいわ」
「お前には芸があるやないか」
後ろ盾がなく、失敗したら後がない。
恐怖で震えが止まらない喜久雄を、悔しさや嫉妬を呑み込み優しく励ます俊ぼん。
この名シーンは、吉沢亮と横浜流星という二人の俳優の関係にも重なる気がする。
喜久雄という大変な役に挑む吉沢くんを、「寄り添って支えられたら、という気持ちではいましたね」とインタビューで語っていた横浜流星くん。
『国宝』を観るほどにじわじわと込み上げてくるのは、吉沢くんが「今の自分の持っているものを170パーセント出した」背景には流星くんの支えもあったのではないかという想いだ。
同世代の人気俳優であり、作品では主役と準主役のような関係。
お互いに負けたくない、という想いはあるはず。
実際、俊ぼんの少年時代を演じた越山敬達くんには、「少年時代の俊ぼんも大人の俊ぼんも、喜久雄に負けないようにがんばろう」と声をかけていたという。
1年半にも渡る歌舞伎の稽古で、吉沢くんは「何のためにやっているのかわからなくなる時があった」と語っている。
そんな時、「髪の毛1本まで歌舞伎役者になろうとする」流星くんの気迫は大きなモチベーションになっただろう。
二人の関係は、お初を俊ぼん(流星くん)、徳兵衛を喜久雄(吉沢くん)が演じる終盤の『曽根崎心中』にも現れていた気がする。
深夜に天満屋を抜け出すお初と徳兵衛。
歌舞伎監修の中村鴈治郎さんによれば、お初が徳兵衛の手を引いて花道を引っ込むのは、二代目鴈治郎の徳兵衛と二代目中村扇雀のお初が演じた時に起きたアクシデントから生まれた型だという。
本来はお初が徳兵衛を引っ張って行く場面。
喜久雄のお初は結構なスピードで徳兵衛を引っ張っていくため、徳兵衛は前につんのめりそうになりながら花道を進んでいた。
一方、義足の俊ぼんはふらつき転倒してしまう。
何としてもお初役をやり遂げるのだという気迫の俊ぼんは、駆け寄ろうとする喜久雄を止め、最後は彼に抱きかかえられるようにして花道をはけて行く。
渡辺謙さんはこの場面について「(稽古、撮影を通して)支え合ってきた二人の姿が重なって泣けるのよ」と語り、ぐっと来ている様子だった(『国宝』X 公式アカウント Special Talkより)。
(『国宝』X 公式アカウントより)
曽根崎の森に行き着いたお初と徳兵衛。
すでに覚悟を決めたお初は最後までためらう徳兵衛に、
「いつまで言うてもかえらぬこと、はや、はや、殺して、殺してー」
と魂の叫びのような声をあげる。
全力で心中を遂げようとするお初の気迫に圧倒され、呆然と立ち尽くす徳兵衛。
生々しい感情を表現しながらも、藤の精や白鷲の化身のように、どこか人間離れした高潔さと美しさがある吉沢くんのお初とは対照的に、流星くんのお初には人間味と親しみがある。
だからこそ涙でくしゃくしゃになりながら必死で死を渇望するお初の姿は、何か身近で起きていそうな事柄のようで真に迫るものがある。
愛するお初をどうしても殺せない、苦しみで胸が張り裂けそうな徳兵衛にお初はそっと微笑む。
徳兵衛の苦しみを抱きしめるように。
涙で白粉が落ち、やつれた顔に浮かぶ優しい微笑みは、稽古や撮影を通して吉沢くんを隣でずっと支え続けた流星くんの温かい人柄や包容力を物語るようだった。
幕が下りた後、倒れ込む俊ぼんを抱きしめる喜久雄。
「立て、俊ぼん。立たな代役たつで」
舞台上で命の灯を燃やし尽した俊ぼんと、彼の気持ちを最も身近にいて理解していた喜久雄。
李相日監督が描きたかった二人の「魂の交歓」は、互いに支え合い、切磋琢磨して演じきった吉沢くんと流星くんよって見事に実現したのだと思う。
