映画の原作、吉田修一さんの『国宝』上・下巻を読んで思ったのは、
「これは…もしかしたら映画化を意識して書かれたものなのかも???」
だった。
映画製作までの軌跡を李相日監督や吉田修一さんのインタビューから辿ってみると、おおよそ次のようになるかと思う。
●1990年代?
李監督、学生時代に『さらば、わが愛/覇王別姫』を鑑賞
「いつかこんな映画を撮ってみたい」と衝撃を受ける
●2010年頃
李監督、「歌舞伎の女形を中心とした映画を撮りたい」と、リサーチを始める
実在の人物をモデルにしたストーリーを考えるものの手がかりをつかめず
●2014~15年
吉田修一さんと編集者、李監督から「女形を扱った映画を作りたい」との話を聞く
「スケールの大きいものを描きたい」という吉田さん自身の希望と合致、歌舞伎に関心を持つ
●2015年
吉田さんと編集者、歌舞伎を題材とした小説執筆に向け歌舞伎界との接点を模索
中村鴈治郎さんを紹介してもらったことで小説執筆への扉が開かれる
●2015~2018年頃
吉田さん、黒衣姿で中村鴈治郎さんの楽屋に入り取材を重ねる
●2017年1月
朝日新聞で『国宝』の連載開始(~2018年5月)
●2020年
李監督、吉沢亮くんのマネージャーに映画『国宝』主演を打診
●2023年1月
吉沢亮くん、横浜流星くん、歌舞伎の稽古を開始
●2024年3~6月
映画『国宝』撮影
この流れからすると映画『国宝』は吉田修一さんの原作がまずあって、それをベースに李監督が映画化したというよりは、吉田修一さんと李監督二人による共同企画のような印象も受ける。
原作は、主人公喜久雄と彼を取り巻くさまざまな人物が織りなす群像劇。
喜久雄を影のようにサポートする徳治や喜久雄の父親を殺した辻村の存在、娘の綾乃との確執、喜久雄と俊介の映画(ドラマ)出演、イタリアのオペラ歌手との共演など、華やかな要素がふんだんに盛り込まれていいる。
喜久雄の人物像も、後輩を引き連れてクラブに行ったり、スポーツカーを何台も乗り換え、映画の共演女優と同棲したりと、歌舞伎以外の私生活ではキラキラした一面も持ち合わせている。
李監督が「吉田さんが突破口を開いてくれた」と話しているように、ハードルが高い歌舞伎がテーマの映画を製作するにあたって、吉田さんがまず映画化を想定し歌舞伎をテーマにしたきらびやかで壮大な世界観を構築した。
想像の域は超えないけれど、『悪人』『怒り』と吉田修一さんの作品を映画化してきた経緯から、李監督と吉田さんの間にこのような次回作への暗黙の了解のような空気が流れていたのかもしれない。
女形を扱った小説に円地文子さんの『女形一代: 七世瀬川菊之丞伝』(1986年)がある。
『昭和歌舞伎 女方小説集』(中村哲郎 編)
『女形一代: 七世瀬川菊之丞伝』が収録されている
李相日監督がトークショーでおもしろいと言及されていたことをXにレポートをあげてくださった方から知り、読んでみた。
六代目中村歌右衛門がモデルと言われているこの作品。
女形である主人公の菊次郎は、手伝いの男性と駆け落ちしたり、妻が自殺したりとスキャンダラスな人生を歩む一方で、そうして関わりを持った人たちの魂を芸の肥やしにするかのように、さらなる高みを目指していく。
芸のために悪魔と取引した『国宝』の喜久雄の人生を彷彿とさせるものがある。
李監督は、当初、戦前~戦後の時代を背景に実在の女形をモデルに映画製作を考えたというから、もしかするとこの『女形一代: 七世瀬川菊之丞伝』のモデルにもなり、戦後の歌舞伎界で女形の最高峰と評された六代目中村歌右衛門(1917年~2001年)の映画を撮りたかったのかもしれないと思った。
六代目中村歌右衛門(Wikipediaより)
『国宝』の喜久雄。『女形一代: 七世瀬川菊之丞伝』の菊次郎。
天の才能を与えられ、まるでとり憑かれたように遥かな高みを極めようとする彼らは凡人の理解を超えた神秘的な存在だ。
つくづく、こんな難しい役どころを吉沢亮くんは本当によく演じきったと思う。
他の仕事を断ってまで歌舞伎の稽古に注力し、自分自身を追い込んで苦しんで、掴みどころのない「喜久雄」という人物を説得力を持って私たちに示してくれた。
鬼気迫るような吉沢くんの情熱がなければ、映画『国宝』は全く違った作品になったのではないかと思う。
日本の映画史に残る素晴らしい作品を生み出してくれた吉沢くん、共演者のみなさま、李監督、原作者の吉田修一さん、関係者の方々にあらためて喝采を送りたい。
(映画『国宝』X 公式アカウントより)




