3章 グアム
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テスラを試乗することなく、レンタカーのヤリスでグアム島南部を走っている。
一昨日の午後、成田から韓国のLCCを利用して初めてグアム島に降り立った。
意外と言って失礼かもしれないが、入国審査の先が見えないほど長い行列ができていた。
日本からの修学旅行客である男子高校生は白い開襟シャツに黒いズボン、女子高生は白い夏物のセーラー服に紺のスカートを身に纏っている。
彼らの話に耳を傾けると、北朝鮮が発射した巡航ミサイルの影響で見合わされてきた海外への渡航が徐々に再開されて、
韓国、中国からシフトして台湾とグアム旅行が増えているそうで、こうして、百名を越える高校生がグアムへの入島を待っている。
数日前、南船橋のららぽーとで購入したオークランド・アスレチックスの緑と黄色のツートーンのベースボールキャップを脱いで、 指紋採取と顔写真撮影を終え、無事に入国審査を終えた。
機内持ち込みの黒いパソコン用バッグと青いナップザックのみで、預けた荷物もないので、そのまま人の流れに乗り金魚の糞のように続くと、ツアー客を待っているガイドや現地旅行会社の集団を横目にレンタカーオフィスの前まで来ていた。
すぐ隣のシャトルバスのチケットオフィスを見つけ、
5日通しチケットを購入し、数時間ぶりに下界に出た。
光り輝く南国の太陽にお目にかかれると想いは当てが外れ、
低く厚い雲が立ち込める。
高度を降ろした旅客機の窓から眺めた、雲から顔の覗かせた太平洋に囲まれた北マリアナ諸島のグアム島は今しがたまで雨が降っていたようでコンクリートの所々に水溜まりが浮かび、
タクシーのボンネットとルーフの上にも雨粒が見える。
グアムで最も暑いといわれる5月を過ぎ、雨季前なのだろうか、気温以上に湿度が高く、頬から首元から汗の玉が滴となり、
Tシャツもジーンズもすでに汗だくで、
梅雨前の蒸し暑い6月の日本にいるのと変わりはしない。
ホテルにピックアップを依頼していたので、車が来ていないか、タクシー乗り場に進んでみると、待つこと10分。
何台かのタクシーに声とそれ風な車を声を掛けてみたが、
どうにも当たりが悪く、有名な観光地、南国のビーチと想えない殺風景な景色である。
AMAZONで購入したSIMはグアム島に着陸直後の機内スマホに装着済みで実際に利用出来るか電波を確かめると、しっかりとアンテナが立っている。
データ量と通話を兼ねたプランを選んでいるので、
電話利用が可能かどうか確かめるべく、予約したホテルに電話してみると、女性の声で訛りのきつい英語が返ってきた。
ハワイ以上だ。
自分の名前を名乗り、今日から4日間のホテルの予約の確認と、30分前に空港に着いて、頼んでいたピックアップの車をタクシー乗り場付近で10以上待っているが、まだ来ていないことを告げた。
「今からそちらに向かいますので、その場所でお待ちください。
10分もすると、到着します」と言って、女性は電話を切った。
10分待った。
さらに5分待った。
待ちきれず、もう一度、ホテルに電話した。
同じ女性が電話に出ると、その場所でもう10分待ってください。と、繰り返した。
さらに10分待った
もう5分待った。
しびれを切らし、もう一度、ホテルに電話すると、今度は男性の声で当然のように彼女に言ったことを繰り返した。
空港のどこで待っていますかと、女性よりはマシな英語の問いに、タクシー乗り場の付近で待っているのですが、告げると、
場所が違います。
そこから離れて、通りまで出て、そこで車を待ってください。 今からすぐに向かいます、そう言って彼は電話を切った。
まだ雨が残っているのだろう、
アスレチックスのキャップに雨粒が残っている。
藁を掴むつもりで、言われたまま車通りまで出て、待つこと5分、フロントガラスにA4用紙のような白い紙に黒マジックで、
『YOSHIDA』と書かれた型落ちの白いカローラバンが現れた。
俺の目の前でスピードを落とし、車が停まった。
窓ガラスを下げた、ハンドルを握るリタイヤ気味の日焼けした白人男性に声を掛けると、首を垂れて頷いたので、
自分で後部座席のドアを開け、そのまま乗車した。
ドライバーが言うには助手席に座る現地人風の奥さんと息子を迎えに行ったので遅くなったと悪びれることなく言って、空港を離れた。
機内の窓から眺めたグアム島にも夕方前の早い交通ラッシュなのか、車がスムーズに流れることなく、赤信号で何度も停まりながら、ドライバーと助手席の奥さんが俺の隣に座る俺より年長の息子と交わす訛った英語を聴き流して、車内で一言も喋らなかった。
車は空港通りから右折して、直進と右折左折を繰り返しながら、スピードを落とし、斜面を下り、空港を発つこと十数分、
ようやく、近いようで遠かった予約したホテルに辿り着いたのである。
足元のバッグを手に持ち、車を降りる際にお金を払おうとしたが、 ドライバーが首を振った。
代金はホテルの料金に含まれているのだろう。
ドライバーの男性に、「サンキュウ」と告げて、車を別れた。
車を降りた地点からホテルまでの数メートルの間に雨上がりの余韻が残っていた。
フロントで名前と予約の確認を告げると、聞き慣れた英語が返ってきた。
最初に電話した女性の声だ。
ピックアップの件はどこかに忘れ去ったようで、
派手なアロアシャツ姿のハワイアン風の大柄な女性が笑顔をみせた。
「吉田さんのお部屋はエレベターで降りた、1階の103号室です」
しっかりとした日本語である。
日本語が話せるのなら、電話も日本語で話してくれよ。
そう言いたかったが、後の祭りである。
「エレベーターに乗って、1階ですか?」
俺は女の様子を窺った。
「それなら、ここは何階ですか?」
「2階です」
タクシーを降り、目の前のホテルに入り、今、フロントにいるのに目の前の彼女はここは2階だという。
ホテルの構造は解らなかったが、ともかく、彼女から部屋のキーを受け取り、目の前のエレベターに乗って1階に降りた。
部屋は10畳大でシンブルベッドが二つ並ぶツインだったが、
白いブラインドカーテンが閉まっているせいか、
太陽の灯りは入らず、室内は薄暗かった。
メインの照明とベッド側の灯りをすべてつけても文字が読めない。
背中のナップザックを降ろし、キャップを脱いで、
籐製の椅子に腰を降ろし、リモコンでTVの電源をオンにした。
グアムのローカル放送とNHKを数分眺めて、
地球が狭くなった今日ではスマートフォンで充分なのかもしれない。
TVを付けたまま、トイレを探した。
ドア側の電源スイッチの脇に海外のホテルに多いユニット式でトイレとシャワーと一緒になっているタイプでおまけのようにバスタブが付いていた。
シャワーが使えるか試してみたが、シャワーヘッドが故障。
今すぐ陽が落ちるまでにグアム島の中心部に出たかった。
というのも、日本から予約の際、第一候補のホテルがエラーで予約が完了せず、予算内で選ぶと、グアムの中心地から少々離れたこのホテルしかなかったのである。
必要な物だけナップザックに詰め、部屋を出て、エレベターに乗って2階に上がった。
フロントに寄り、部屋のシャワーが壊れていることを告げると、 アロハシャツの女性は「OK!」と無表情に応えて、そのまま口を閉じ 本当に理解しているのか?
自分に都合の悪い時は英語で応えるのかもしれないが、
先を急いでいるので、そのままホテルを出て、
空港から乗ったカローラバンを降りた地点まで進んだ。
なだらかな傾斜地を上りながら通りまで出て、ホテルを振り返ると、ホテルの背後に海とその先に小さな島が見えた。