太平洋のさざ波 26(2章日本) | ブログ連載小説・幸田回生

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読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

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 4月も半ばを過ぎて、新宿で別れたマキからメールが届いた。



「吉田さん、ハワイのワイキキビーチのホテルで出会った、

  ミャンマー人のマキです。
 月日が経つのは早いもので、新宿で偶然お会いしてから2ヶ月余りが経過しましたが、如何お過ごしですか。
 一時の夢を観せてくれた桜はなごり惜しくとも、
 来年の春には再び人々の前に可憐な姿を現すことでしょう。


 
 わたしの事などすっかりお忘れかもしれませんが、
 千葉の大学の文学部の3回生に無事に編入手続きを済ませました。

 


 西武新宿駅に直結するカフェであなたにアドバイスされたようにこれまで同様に西武新宿沿線に住んで千葉まで通学しながら、
 新しい環境で学園生活を送っています。
 所用時間は1時間半です。


 もっと早くご連絡しようと思っていましたが、
 何かと用事が立て込んでいまして、それどころではありませんでした。

 


 そう書けば失礼なのを承知していますが、
 どうにか大学生活に慣れて少しは落ち着いて日々を過ごせるようになり、ご連絡した次第です。


 
 不躾なお願いですが、
 よろしかったら、近いうちにお目にかかれないでしょうか。
 日時はあなたにお任せします。
 平日の夜でも、土日でも、あなたがお住まいになっている船橋でも、都内でも構いません。
 メールを頂けると幸いです」
  
                        マキ


 すっかり忘れていたというより、あれきりの出来事だと観念していたので、戸惑いを隠せないまま、帰宅直後にメールを読んだ。
 部屋着に着換え、コーヒーを飲んで頭の整理をしながら、
 1時間後にメールを返した。


「マキさん、メールありがとうございます。
 お久しぶりです。
 忘れるどころか、あなたをはっきりと覚えています。
 あなたに初めてお会いしたのがワイキキビーチ側のホテルでした。

 


 帰国後、新宿の紀伊國屋で再会して西武新宿駅まで歩いて駅に隣接するカフェで話したのを昨日のことにように思い出しています。



 大学編入おめでとうございます。
 日本文学を学んでいると仰っていましたが、間違っていたら御免なさい。 

 


 今まで通りに西武新宿沿線にお住まいなのですね。
 僕も相変わらず、西船橋に住んで都心まで通勤しています。
 近いうちにお会いする案件ですが、僕は西船橋でも都心でも結構です。

 


 それではお会いできる日を楽しみお待ちします」

                       吉田和彦


 マキとメールのやりとりした翌週の土曜日の午後2時、
 ゴールデンウイーク前に高田馬場で待ち合わせた。


 天気の良い昼下がり、
 待ち合わせのビックボックス前に5分着くと、レモンイエローのワンピース姿のマキがスマホに目を落としていた。

 


「遅くなって済みません」

 


 俺の声を聞いて、マキが右手にスマホを持ったまま顔を上げた。

 


「いいえ、わたしもたった今、着いたばかりです」

 


「ジーンズお似合いですね。
 来日してたしもジーンズを履くようになりました。
 通学やバイトに最適ですし、日本ではジーンズもカジュアルなファッションもお手頃な価格で手に入って重宝しています」

 


「ミャンマーではどのようなファッションだったのですか?」

 


「ミャンマーの伝統的な衣装のロンジーが好みでした。
 スカートのように腰の上から巻き付けるロングスカートの物ですが、女性だけでなく、男性用もあって、多くの国民が身に付けています」


「TVかネットで観たことがあります」

 


「そうですか。
 今日はわざわざ高田馬場までお出でくださってありがとうございます」

 


「西船橋から地下鉄東西線で一本で来れますから、
 僕にとっても高田馬場は都合がよい便利な場所です」

 


「そう言ってもらえると助かります。
 4月に大学に編入してからは地下鉄東西線の西船橋でJRに乗り換えているのですが、駅で降りたことないので、あなたがお住まいの西船橋はどのような街なのか頭の中で想像しながら、
 グーグルマップを見て、頭の中で駅からお店に立ち寄ったり、
 ネットで賃貸物件の検索もしています。
 とりえあず、カフェに参りましょう」



 マキに連れられ、表通りから細い路地を一本入った近くのカフェに入った。
 それほど広くない店内に入ると、マキは勝手知った他人の家のように若い女性店員に目配せして、通り沿いの窓の側のテーブルに目を遣り、俺に座ることを促した。




 二人で面と向かって腰を降ろすと、マキは大きな眼を見開いた。
「お昼はお済みですか?」

 


「遅い朝食を兼ねたお昼を食べて部屋を出ました。
 休みの日は寝たいだけ寝ていますが、
 今日はあなたとの約束があるので10時に起きて、
 トースト、コーヒーの朝食兼お昼の後、髭を剃り、歯を磨いて、音楽を聴いてくだくだしていたらお昼過ぎになっていました」

 


「どのような音楽がお好きですか?」

 


「何でも聴きますが、主にロックです。
 最近はルーツミュージックという、ロックのルーツになっている黒人の音楽に嵌まっています」

 


「そうなんですね。
 わたし、音楽には詳しくないのですが、
 大学に通う日も、休みの日もいつも同じ時間に起きて、
 食事や家事の合間にスマホのアプリでJポップや洋楽を主に聴いていますが、ミャンマーが恋しくなると、地元の音楽を聴くこともあります。



 今日は朝から洗濯機を回し、洗濯物をお風呂場に干して、
 お昼を食べて、こちらに参りました。
 部屋に小さなベランダが付いているのですが、
 自宅があるミャンマーのヤンゴンなら構いもしないのですが、
 さすがに東京ではベランダに下着を干す勇気はありません。

 


 来日以来、わたし、このカフェが入っています。
 昔ながらの日本の喫茶店の良さにモダンさが加味されたようで、とても心地良いのです」


 新宿で再会した時はハワイの名残が残っていたのかもしれないが、 マキの顔色が日本風のメイクのせいか、随分、白くなっている気がしてならなかった。

 


 先ほどの店員さんがオーダーを取りに来ると、 
 マキはメニューも見ずにドリップコーヒーを注文した。
 俺も同じドリップコーヒーを頼んで、店員さんが下がると、
 マキが語り始めた。


「わたし、スタバに行くと、何故かしら落ち着けないんです。
 ミャンマーにスタバが進出していないせいかもしれませんが、
 わたしが日本にいる間に進出しているかもしれませんが、
 わたし、日本でスタバを初めて経験しました。
 


 人に誘われ、何度か行ってみても、どうにも慣れないので日本の喫茶店にしたり、ミャンマー人の溜まり場にしたりと、
 いろいろと試してみたのですが、何度行ったことがある、あなたと伺った西武新宿駅のカフェも良いのですが、このお店が一番しっくりします」



「僕は家で飲むコーヒーもコンビニのコーヒーもカフェのコーヒーも同じような物だと割り切っていますが、
 マキさんはカフェにもいろいろと拘りがあるんですね。
 ホノルルで泊まっていたワイキキビーチのホテルのすぐ近く、
 ABCの隣にスタバがあったのを覚えていますか?」

 


「はい」

 


「入られました?」

 


「いいえ、怖くてとても入れませんでした」

 


「それはまたどうして?」

 


「先ほど申したようにスタバでは落ち着きません。
 それは東京もハワイも同じではないでしょうか。

 


 それでも、怖いもの見たさで通りから店の中を覗いてみると、
 水着姿で足を組む白人女性がいたりで東京のスタバ以上に観光地という雰囲気がビンビンと感じられて、とても中に入れませんでした。


 マキは店員さんが持ってきたコーヒーをブラックのまま口を付けた。

 


「正直言って、わたし、コーヒーの味なんてわかりません。
 ミャンマーにいた頃は紅茶が好きで家でもお店でも紅茶ばかり飲んでいましたが、日本に住すんでからは日本人や外国人を真似て、ファッション感覚でコーヒーを口にする自分に驚いているくらいです」

 


「そうなんですね」

 


 マキにそう言われて、俺もコーヒーに口を付けた。

 

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