太平洋のさざ波 13(2章日本) | ブログ連載小説・幸田回生

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読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

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 話は尽きないが、サーフィンの支度を始めた。
 坊主頭のゲンさんがジャージの上下とインナーのTシャツを脱ぐと、ハワイで焼いた引き締まった体が露わになった。



「男から見ても惚れ惚れするような良い体をしていますね。
 ハワイでも想っていたのですが、
 特別なトレーニングか今流行のジムにでも通われていますか?」

 


「ジムには通っていません。
 無駄なお金や時間を使いたくないのもありますが、
 サッカーをやっていた少年時代から機械を使ったトレーニングが苦手でサッカー少年の延長のように家の周りや海岸を走る、
 家で腕立て、腹筋、スクワット、それくらいですか。
 ゲンタとの散歩やボール遊びもトレーニングになっています」



 体型がそれほど違わないので、
 ゲンさんのウェットスーツのお古を借りるとして、
 裸のまま直にウェットスーツを着るより、
 スポーツタイプのブリーフパンツを着用したほうが無難だとメールで指摘されて、急遽、日本メーカーのボクサータイプのパンツをネットで購入した。



 中学時代にブリーフを卒業してトランクスを愛用しているので、 それ以来のブリーフに大事な物が締め付けられるようで苦虫を噛みながらゲンさんのウェットスーツに身を包んだ。



「どうかされました?」

 


「いいえ」

 


「ウェットスーツがきついですか?
 着ているうちに慣れますよ」

 


「ノースショアは突然で黒いトランクスのままだったので、
 今日が本格的なサーフィンの初日のような気がします」


 お昼にゲンさんの奥さんの作り置きのサンドイッチを摘まみ、
 コーヒーのお代わりを頂いた。 

 


 ゲンタの見送りを受け、昼前に家を出て車で10近く海岸沿いを走ると、日頃からゲンさんが慣れ親しんだ勝浦の海が目の前に現れた。
 駐車場にワゴンを駐め、ウエットスーツのまま二人で海岸に向かうと、ゲンさんの仲間が待っていた。

 



「吉田さん、いらっしゃい。
 お待ちしていました」

 


 ウェットスーツ姿の男女4人が声を合わせ、出迎えてくれた。
「ノースショアでお別れして、1ヶ月近くが経ってしまいましたが、勝浦でお会いできて最高です」

 


 
 一番年下のタクマがハワイのタメ口から敬語になっていた。
 帰国してノースショアから外房の勝浦の海に舞台が変わり、   日本モードに切り替わったのかもしれない。
 4人の仲間のうちでは、ゲンさんに次いで親しくなり、
 サーフィン初心者の俺をいじり倒してくれた。



「最初はまたゲンさんの道楽がまた始まったのかと、
 呆れていましたが、ゲンさんはナンパというか、
 よく初心者をスカウトしてくるんですよ。
 これまで経験ではよくて5人に一人くらいしかものになりません。

 


 というより、1時間もすれば音を上げてしまうのですが、
 ゲンさんの指導がいいのか、本人の適性か、
 吉田さん、ノースショアで何度か波に乗るうちにサマになってきましたね。



 年上だからといって、僕は甘やかしません。
 波がない瀬戸内の広島で育ったので、サーフィンはやったことがない、流行っていなかったなんて、言い訳に過ぎません。

 


 僕は隣の岡山出身ですが、小学生の頃からサーフィンに興じています。
 波が少ないと言われる瀬戸内海でも探せば、目の前の外房の海には及びもしませんが、サーフィンが出来るくらいの波はあります」


 ゲンさんより一足早くハワイを訪れていたタクマを含めた男女4人は、ゲンさんと連れだって帰国を果たし、先週、一緒に勝浦の海に入っている。

 



「こんな所で、岡山と広島の代理戦争をやっても仕方ないよ。
 故郷を遠く離れた房総では仲良くしないとね」

 


 タクマの彼女のサユリが言った。
 サユリはタクマの一つ年上で高校時代からつるんでいるそうだ。


 日本のサーフィンのメッカでもある外房の海に少なからずのサーファーが集っていた。
 春が待ち遠しい2月末の勝浦の海は冷たい風も冷たいが、
 ゲンさんのサーフボードを借りて、ノースショアの再現だ。


 
 瀬戸内海に臨む田舎町で生まれ育ち、波が穏やかで冬でも寒風が吹き抜けることのない海に囲まれ、子供時代、少年期を過ごしたこともあって、冬の太平洋の荒い海の生命力と不思議さを感じる。

 


 ウェットスーツを着用しているとはいえ、雪が降ってもおかしくない季節に海に入るのだから、当然といえば当然なのだが、
 サーフィン云々以前に寒くて体が凍り付きそうだ。

 


 スーツに覆われている体はともかく、冷たい海水と外気に晒される頭部と手足が感じる寒さ、冷たさの信号が血液を通し、
 意識を通して、体全体を伝達するかのようだ。


 
 サーフィン自体が今日で2度目で、1月のノースショアは置いておくとして、本格的な真冬の海は初体験だ。
 サーフボード片手に海に入った瞬間にボードを投げ出し、
 ビーチに戻りたかった。



 ゲンさんと仲間がいなかったら、水圧に押されながらも海中をダッシュして車の中に逃げ込み、車のエンジンキーを回し、
 エアコンの暖かい風に当たりながら、肩で生きをしながら、
 ため息をついているだろう。



 髪の毛が凍りそうで、手と足の指の神経が切れてしまったかのようだ。

 


「寒いですか?」

 


 ゲンさんの声だ。

 


「付いて来て下さい。
 いい波が来ています。
 少し先まで泳いで、ボードに、ビーチに向かって波に乗ります。
 ノースショアでも乗れたんですから、自信を持って下さい。
 さあ! 行きます」



 ゲンさんの掛け声につられ、海の中で横になり、
 ボードの上に腹ばいになって沖に向かって手で波を漕いだ。



 ゲンさんが泳ぎを止めた地点で指導者に習って、
 体を反転させ、ビーチに向かって、ボードに波に乗った。
 波に乗った。

 


 何も考えられなかったし、考えることもできなった。
 五感をフルに使い、波に乗ることだけに集中し、
 体全体でバランスを取って、波に乗り続けた。



 ゲンさんの姿も見えず、気づいた時にはビーチの近くまで戻っていた。
 ボードを降りてようやく、勝浦の海に来ていることを実感し、  あらためて、海を振り返った。


 海の色も音も匂いも、空の色も太陽も、視覚、聴覚、臭覚を通して、一体となって、体の奥底深くまで食い込んでくる。
 大きな波に体を取られ、波にのまれて海水から身を乗り出した時にビーチに上がったゲンさんの姿が見えた。

 


 ノースショア、ワイキキビーチ、ラハイナ、地元広島の瀬戸内海の海とも違った、太平洋に面した外房の海があった。



 時間を忘れるほど波に乗り続けていた。
 太陽が西の空に傾き掛けている。
 時折、沖からの強い風が通りに抜ける、ビッグウェイブが立った。
 それに呼応するようにゲンさんが波が乗った。

 


 タクマもサユリも続いて乗った。
 初心者ということもあって、俺は控えていた。
 波の大きさや規模から、俺の相手にならないことは外房の冷たい海に浸かることで直感できた。
 ゲンさん、タクマ、サユリ、シゲキとコユキも続いた。



 ゲンさんが防水の腕時計に目をやった。

 


「そろろそ上がります。
 ラスト一本、最後の波に乗る人は気を付けて」

 


 ゲンさんの指示で、小波に揺られ、この日のサーフィンを終えた。


 海上に太陽が姿形を留めている間は波に乗り続けた。
 1ヶ月もすれば、彼岸である。
 真冬とばかり思い込んでいた冷たい勝浦の海ももうすぐ春を迎えるはずだ。
 ゲンさんと仲間の4人と海から上がり、駐車場で別れた。



「吉田さん、これに懲りずにまた来て下さい。
 明日、またとはいいませんが、
 3月になれば、海も暖かくなりすし、
 1ヶ月後の連休を今から、お待ちしています」

 


 タクマの誘いを耳を傾け、ゲンさんの車に乗り込んだ。

 

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