悠久の恋人たち 118 | ブログ連載小説・幸田回生

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読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

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 青山先輩もハジメも山岡さんも場の空気を読んだのか、
 上島君の語りが終わると、長い沈黙が訪れた。 
 そんなところに、アユミと誰より背が高いスティーブが現れ

た。



「ここだったのですね」

 


 スティーブが流暢な日本語を披露した。

 


「1階でホステルにスマホを取りに来た彼に教えてもらいました」

 


「高橋君でしょう」 

 


「そうそう、その高橋君。
 あなたは彼と一緒にホステルを訪ねた人ですね。
 彼女ですか?」


 
 恥ずかしそうに、山岡さん下を向いた。


    
「僕の目も満更ではないようですね。
 それはそうと、見た目はのんびりとしていますが、
 彼の漫画を見せてもらい、見直しました。
 さすが、美大生です。

 


 初めてストーリー漫画を描いたと謙遜していましたが
 特別、漫画ファンではない僕には及第点です。
 プロになれるかどうかはともかく、
 このまま描いていけば、チャンスはあるのかなと」



「こちらは、高橋君がアシスタントをしているプロの漫画家、
 青山タイゾー先生です」

 


 下を向いていた山岡さんが気を取り直したようだ。

 


「初めまして、オーストラリア人のスティーブと申します」

 


「先程、学食でお会いしませんでしたか、僕は青山タイゾーです。
 次に控えるのは高校の美術部の、美大の後輩でもある海野ハジメ君の作品です。
 皆さん、しっかり目を見開いて、彼の自信作をご覧になって下さい」


 誰より信頼を寄せる青山先輩に紹介されたハジメの作品は、
 夏休みに祖母の家に身を寄せて描いた山を描いた3点である。

 


 まずは、『山のめぐみ』
 木は太陽の光を浴び、木の葉を通して二酸化炭素を飲み込み、  酸素を吐き出す。
 山と木々は水を溜め、動植物の命を支える、循環のサイクルを生み出す、まさに神。
 昨今の流行言葉になっている脱炭素を、誰に言われることなく、 古来から実践しているのである。


 
 それを知ってか知らずか、人々は古代より信仰の対象である山を崇め、祀り、誇りにして生きている。
『山のめぐみ』は山と供に生きてきた先祖の魂が乗り移っているかのようにハジメの発する筆によって力強く、青く黒く描かれている。



 次の『愛犬との日々』は祖母の家の番犬となった若き柴犬のリキとハジメが崖側のカーブになった道を歩く様を背景の山と遠目に描いている。

 


 白のTシャツ紺の半ズボン、黒のスニーカーを履いたハジメの手がリードを通してリキと繋がれ、顔から胸元、腹部の一部と手足の先の白さを除いて薄い狐色に覆われたリキの体の向こうには緑の山と太陽が映し出す朝の光の影によって、どこか冷めた空気に包まれているようにも見える。



 最後の『山の生命』は『山のめぐみ』は『愛犬との日々』と合わせほどの最大のサイズで、祖母が住んでいる地域で一番高い、
 地元の誇りである山を正面に大きく据えている。

 


 時は真夏、
 山の色は青年期の若葉の季節から壮年期に秋の紅葉を繋ぐかの如く、緑は盛りを迎え、生命力に溢れる。
 木に焦点を当て、木皮の表面を詳細に描き、まるで顕微鏡で見ているように木の繊維まで映し出す。

 


 アトリエ兼寝室として使った、その昔、母が使っていた和室からの窓から見える山が作者であるハジメの目を通して、
 枠から飛びださんばかりに、ひたすら大きく描かれている。

 

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