小さな島へ行きつく先は3 37 | ブログ連載小説・幸田回生

ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

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 ゆりが手紙を受け取ったのは実家に戻った当日の午後だった。
 大学の卒業式前に恵美子のアパートを引き払い、
 届いたばかりの荷物で溢れた部屋で、
 いつもながらの長い定村の手紙を読みながら、
 便箋を持ったまま、ゆりは床に腰を降ろした。
 

 実家に戻った今となっては、
 夢や空想の世界から現実に戻らなければいけないが、
 もう一度、夢見心地な手紙の世界へと浸ったのである。

 
 手紙の大学2回生の頃という下りに目を入れた。
 そういえば、この1年、わたしは一体何をしていたのかしら。
 昨年の初春、二人は花の都でパリで偶然出会った。
 愛を交わした後、ゆりはヨーロッパの旅へ、
 定村はロンドンへ、離れ離れになりがらも、
 アテネからロンドンまで飛んだ彼女は彼と再会を果たした。
 
 
 再びの別れ、帰国した途端、
 ゆりは成田空港から誰かの声が無性に聴きたくて、
 ゼミ仲間とはいえ、それほど親しくなかった同級生の恵美子に電話を掛けた。
 その足で恵美子の部屋に寄ったことがきっかけとなって、
 これから1年間ロンドンと東京で離れ離れで、
 定村に会えない寂しさを補うように、恵美子の共同生活を始めたのである。
 
 
 3年前、2回生だったゆりが受講したジョイスの講義を、
 定村はどうして鮮やかに思い出すことができたのだろう。
 あの場所に彼がいたことも、彼女は知らなかった。 
 偶然に定村と同じ講義を受けていたのだ。

 
 言われて見れば、身なりや顔立ちでは年齢や身分を判断しずらい得意なキャラクターの先生がアイルランド出身の作家を題材にしたのを朧気ながらに覚えている。

 それが天才と言われながらも、現実の世界では良いことの一つにも巡り逢うことがなく、
 芸術家にありがちなように、
 ジョイスは不幸に生きることしかできなかったのだ。
 

 それが故に絵の中に自分を見出した偉大な画家たちと同じく、
 絵筆をペンに持ちかえて、ジョイスは文章の中に魂を挿入した。
 ジョイスが得たものといえば死後の名声と妻と社会との接点を築けなかった息子と娘の二人の子供だけと言ってもよかった。
 

 ジョイスが後に妻となった恋人と母国のアイルランドを離れて、
 スイスのチューリヒに入り、フランスで暮らしながらも、
 チューリヒに戻って死んだことを、
 彼の手紙を読む事によって、あの頃を思い出したのである。
 
 
 当時、二十歳のゆりは、国の法律では大人の仲間入りを果たしとはいえ、
 ネンネの女子大生だった。
 大学では通常の講義の他に、学芸員になるための講義も受けるため、スケジュールは一杯だった。
 

 サークルに参加することもなく、ボーイフレンドの一人もできず、
 キャンパスでも街でもナンパされることもなかった。
 人生で最も楽しいはずの、夢一杯の、乙女の心すら持たず、
 誰から強制されることもなく、 
 自分の意思というよりは、飼い犬がリードで繋がれるように、
 家と会社を往復するサラリーマン顔負けに毎日大学に通っては家に戻るという、
 判で押したような日々だった。
 
 
 
 そうは言っても、ゆりに少なからず自立心は芽生えていた。
 成人に達し、来春には成人式を迎えるということで、
 両親を拝み倒し、許可を得て、
 初めての一人旅のヨーロッパに出掛ける夏休み直前だった。
 そうだ、絶対に自動車運転免許を手に入れてみせると意気込んでいた。

 
 大学の帰り、ゆりは山手線の乗ってある駅で降りた。
 仮免は取っていたが、
 助手席で短い足を伸ばした先生と呼ばれる中年おやじの、
 死肉のような足の臭いに頭をくらくらさせながら、
 ひっきりなしに車が通る大通りを、
 車が擦れ違うことも難しい用水路沿いの道を、
 ママさんの自転車や小学生や老人達が行き交う生活道路を、
 ポマードで目がチカチカするのに耐えながら『右だ左だ』
『ブレーキだ』『クラッチだ』オヤジの罵声を聞き流して、
 タクシーにしか見えない、冴えない車を走らせていた。

 
 そういえば、仮免までの先生は、自動車教習所には珍しい、
 わたしより5つほど上の色の白い、20代半ばの感じの良い女性で、
 聞くところによると、高校時代の同級生の旦那さんが塾の講師をしながら司法試験の合格目指していると。
 

 その先生が妊娠して、これ以上仕事を続けられないということで、 
 彼女に代わってポマードおやじが現れたのだ。
 

 ゆりどうにか、ヨーロッパに向かう前に合格した。
 ただ、実際に免許証を手にしたのは、
 フランスから帰国して1週間後。
 初めての海外一人旅で家に戻って途端、
 発熱して、ゆりは5日間寝込んでしまったのだ。
 
 
 あの自動車教習所の女の先生は今頃何をしているのかしら。
 まだ、山手線のあの場所で、
 若葉マークも付かない生徒たちを指導しているのかしら。
 それとも、弁護士さんか、検事さんか、判事さんの奥さんとなって、
 可愛いお子さんを抱いたママになっているのかしら。
 もう一度彼女に会ってみたくなった。
 

 この大都会の空の下、若しくは日本のどこから街の裁判所で、
 彼女ならしっかりと生きているはずだ。
 定村の手紙はゆりが二十歳の頃に出会った、
 お姉さんのような自動車学校の先生を想いださせた。
 しかしながら、現実のゆりは、月に1度程度、
 父親のシトロエンBXのハンドルを握る時だけ、
 それも、1年近くご無沙汰である。

 
 ゆりは手紙に顔を埋めて目を閉じた。
 国際電話を受けたのは自分のベッドで目覚めた翌朝だった。
 

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