2
今日は終業式。
式が終わり、担任が戻ってくるまで、僕と祥二それに明子と弓子、
四人は以前からあった話、映画を観に行くことで纏まりかけていた。
「小さな恋のメロディがいいな!」
明子が言った。
「俺はヤクザ映画、達は?」
「ヤクザより、メロディかな」
「それじゃ、俺もいい。弓子は?」
「わたしもメロディ、小さな恋のメロディに決定」
「明日、12時。駅の改札に集合」
祥二の言葉に皆頷く。
先生が戻ってきた。
一人一人に通信簿を渡し、ある者は喜び、ある者は悲嘆に暮れた。
「達、国語と算数が上がった。
これで、父ちゃんに新しい自転車買ってもらえよ。ブリヂストンのドロップ・ハンドル」
いいな。僕なんて、いつまでたってもオンボロ自転車のままだ。
「明日からは夏休み。親戚の家に行く者もいると思う。
しかし、体だけは気をつけろ。それから、夏休みの友、課題は忘れるな。
休みの終わりになってジタバタするな。今日は、これで終了」
先生の言葉で、一学期は終わった。
教室では、
「じゃ、またな」
どこからともなく声がした。
僕と祥二、明子と弓子は、明日の確認をし、校門で分かれ帰路についた。
その日、あまりぱっとしない成績を母に見せ、こう言われた。
「夏休み、少しは勉強しなさい」
僕は自転車の催促もできず、明日から心を入れ替えて勉強しようと思ってはみたが、
それも三日と続かなかった。
11時50分、僕と祥二は駅に着いた。
自転車を駐輪場に置き改札に足を進める。
駐輪場には、明子、それに弓子の物と覚しき自転車がすでに置いてあった。
「おはよう、おはよう」
女の子二人はそう言うと、くすくす笑った。
明子は赤のTシャツにホワイト・ジーンズ。
弓子は白のブラウスに緑のスカート。
僕と祥二は黒と白のTシャツにそれぞれブルー・ジーンズ。
僕たちは切符を買い改札を抜け12時10分発上り電車を待つ。
電車は平日の昼間で空いていた。
四人掛けの席に座って、映画館のある駅まで話しを続けた。
「吉田先生、中古車で我慢してるのも、ローンで家を買ったからよ。
奥さんも隣町で先生をしていて、A市の小学校で出会ったそうよ。
ああ見えても、家では奥さんのお尻に敷かれているって、
お母さんが言ってたわ」
明子のお喋りが始まった。
「それって、職場結婚、近場ですませやがって」
祥二の言葉に。
「先生は、そういうの多いんだって」
弓子が相槌を打った。
僕は黙っている。
二人きりでないにしろ、明子と、いや、女の子と映画・遊びに行った経験がなかったから。
駅に着き、時間つぶしと昼飯に近くの喫茶店に入る。
若いウェイトレスが水を持ってテーブルの上に乗せた。
「ご注文は?」
僕は祥二を見た。
祥二は側にあったメニューを手に取り、「ビーフ・カレー」
僕も「ビーフ・カレー」
明子と弓子はスパゲティ・ミートソースを注文した。
「ビーフ・カレー2つに、スパゲティ・ミートソース2つですね」
彼女はそう言って厨房に下がった。
明子と弓子はスパゲティを上手に食べている。
祥二は黙々と。
僕は、カレーの辛さと女の子二人を前にして額に汗を掻く。
映画館はアーケードを進み、レコード屋を右に曲がり、その先の公園の前にあった。
上映開始は1時40分。
小学生料金・四百円を払い、売店でポップコーン2つ、コーラ4本を買って扉を開けた。
話題の映画、『小さな恋のメロディ』
そのわりに空席が目立つ。
僕たちは通路側の最後列に、
奥から、祥二、弓子、僕、それに明子の順で座った。
スクリーンはまだ真っ白で、英語の歌が流れていた。
映画の予告。
「ボルサリーノ」
ジャン・ポール・ベルモンド、アラン・ドロン共演。
「渋いな」
『小さな恋のメロディ』が始まった。
ダニエル役、マーク・レスター。
メロディ役、トレシー・ハイド。
イギリスの小学生が結婚しようとする映画。
映画の中の学園生活は、日本もイギリスもたいして変わらないみたい。
女の子たちが芝生の上でボーイフレンドの話をしている。
ダニエルは友だちと、女の子たちがダンスをしている所を盗み見て、メロディを見つめる。
しかし、先生に見つかって、女の子の前に連れ出されてしまう。
これが、きっかけとなって、二人は互いに意識するようになる。
キリスト教の教義の時間だったと思う。
みんなが賛美歌を歌っている間、メロディはダニエルが気になって、ずっと彼を見つめていた。
ダニエルのチェロとメロディのたて笛のデュエット(メロディは知っているが、曲は思い出せない)
自分の部屋で化粧をするメロディ。
ラテン語の授業の時、ダニエルは教師に指されるが全くできない。
読めない。訳せない。
ダニエルの友だちも同じくできない。
二人は放課後、呼び出された。
「どうして、宿題をやってこなかった?」
「時代遅れの言葉。死んだローマ人と話ができるか」
友だちは、こう応えた。
もっともだ。
二人は教師に罰としてスリッパで2発ぶたれた。
メロディはダニエルを待っていた。
友だちはふてくされて一人で帰っていった。
二人は、手を繋ぎ学校を出て墓地へ行く。
墓地で、50年の幸福、50年の愛を語った。
ある日、二人は学校をさぼり列車に乗って海岸沿いの遊園地へ出かけた。
砂遊びをしている時、
ダニエルは、
「結婚しよう」
プロポーズした。
メロディは、
「いつの日にか、両親の年くらいになったら」
と、応えるが。
「そんなに、待てない」
二人のずる休みが校長にばれて、呼び出されて、
ダニエルとメロディは校長の前で結婚宣言をした。
二人の結婚宣言はクラスでも知れ渡り、みんなにさんざん冷やかされる。
仲間たちの手による廃墟での結婚式。
それが、親や教師に見つかってしまい、てんやわんやの騒ぎになった。
二人はトロッコに乗って、どこか遠くへ去って行く。
どうして、こんなによく覚えているかといえば、
次に日、こっそり、誰にも内緒でこの映画を観に行ったからだ。
それも2回続けて観た。
僕はダニエルになりたかった。
デートだけでも夢なのに、プロポーズまでして、そのうえ結婚するなんて。
映画が終わった。
同じ店にまた行くと、例のウェイトレスがいた。
僕は少し落ち着いている。
祥二は金時を頬張り、三人はオレンジ・ジュースを飲む。
映画の話に盛り上がるが、僕は一人黙っていた。
「達君、どうしたの、気分でも悪い?」
明子が心配そうに。
「いや、別に、クーラーが効きすぎていて」
「それならいいけど」
「達、クーラーなんて縁がないから」
祥二が笑い飛ばし、三人は話を続けた。
学校のこと、夏休みのこと、家族のこと。
僕はぼんやり窓の外の往来を眺めていた。
通勤通学の時間に乗り合わせたのか、帰りの電車は混んでいた。
サラリーマンや学生に押され胸が苦しい。
ここからは、祥二の姿は見えない。
明子と弓子の声だけが「ガタン、ガタン」という音の間に聴こえる。
駅に着いた。
改札はかなりの人だかり。
駐輪場で別れを告げる。
「じゃ、またね」
夏の太陽はまだとても強かった。