ニートな旅日記・・・13 | ブログ連載小説・幸田回生

ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 13

 

 僕は秋葉原の電気街に立っていたのです。
 まったく解からない事だらけで、理解に苦しみました。
 ミルトンキーンズの広場から駅まで歩き、ロンドン行きの電車に乗ったはずでした。
 そこまでは記憶にある。
 

 

その前は確か、イングランドの田舎町で牧場を営む日系人山城さんの離れに招かれ、

 家長と妻のリサさん、娘のベッティ、僕とポールの5人、庭のお稲荷さんと二匹のキツネを見ていた。
 夢だったのでしょうか?


 

 秋葉原の駅にむかって歩きだした。
 何度か来たことのある街なので、勘を頼りに進んでゆくと、
 なにやら、どこかで見た光景に遭遇したのです。
 

 

中学を出て夜間高校に進むことになっていた僕は、

 春休み期間中、世界有数の電気街のアルバイト店員でした。
 性格からして、自ら進んで働こうなんて考えもしない。

 

 両親に「昼間家に閉じこもっているのも何だから、
 一日3時間でも4時間でもいい、社会勉強にもなる」と言われ、
 父の紹介で大型家電店の売り子見習いになったのです。

 

 

 幸い、僕はオーディオをいじるのが好きでしたから、

 これは自分に合っていると思い込んでいたものの、

 当時秋葉原の街文化は廃れ、パソコンタウンへと変貌を遂げていた。
 楽しみに胸を躍らせた音響担当ではなく、
 来る日も来る日も、パソコンの販売助手をやらされていたのです。
 といって、それはほんの2週間の出来事だった。
 

 

 それこそ秋葉原の街は、パソコン一色。
 日米あらゆるメーカーの担当者がひっきりなしに店を訪れ、
 商品説明を受け、講習会に参加して、予備知識のない僕は、
 それだけで頭がパンクした。
 

 ある日、慣れないYシャツネクタイ姿でお客さんの前にでると、
 頭の天辺から爪先まで汗が吹き出してくるのです。
 特に鼻の付け根から穴にかけてに脂汗が浮き、

 何度ハンカチで拭っても、顔を洗っても、それが止むことはなかった。
 

 

 バイト担当の30代半ばの頬のこけた生活感の乏しい係長に相談して、

 昼休み前、近くの皮膚科を訪ね診てもらう事にした。


 

 ここでは初めて受診ということもあり、

 受付で住所、氏名、電話番号、職業、病歴、アレルギーの有無を記入し、

 名前が呼ばれるまで、天井の高い待合室で、僕は杖をついたおばあさんの隣で静かに過ごした。
 看護婦に、名前を呼ばれ、
 僕は白い衝立の向こういる医者の前に通された。
 

 

 医者は、若く痩せぎすで化粧気のない、

 黒淵眼鏡の女医さんで椅子に座っているだけで長身なのがわかりました。


 

 彼女は、「どうしたの?」と、
 まるで子供をあやすように、見下して話すのです。
 ともかく若い女医であっても、医者には代わりない。
 自分の症状をできるだけ簡素に解かり易く説明したつもりです。

 

 女医は立ち上がり、赤いハイヒールを僕の太股に乗せ、
「あなたそれ、気のせいよ。
 年頃だからニキビの代わりに油汗を掻いている」


 

 そう言いながら、女医は僕の手を握り、白衣からパンティの中、 

 恥毛の丘に触らせるのです。

 2度3度手を上下させ、女医は目を瞑り一人喘ぎだした。


 

 僕はそんな秘密の場所の森を指で嗅ぎ分け、何度も何度も動かし、
 露の滴る女穴に右手人差し指を突っ込みました。
 こけしの真似事を楽しんだのです。

 

 喘ぎ続けました。
 突然、女は目を開き狂ったような目で睨み、
 左の手で僕の頬を『バシッ』と力強くひっぱたくのです。
 恐ろしくなって、恥穴から指を抜き出し、パンティから手を放しました。

 

 

 そして、その場所から走って逃げ出し、料金も払わず、
 息が切れたところで、露の付いた指を嗅いで舐めていたのです。
 それ以来、僕は病院という場所を訪ねたことはない。
 若い女と話したこともない。
 


 

 バイト先に戻らず飛び乗った電車の中で急に便意を催し、
 次の駅まで我慢して、改札横のトイレで、どうにか難を逃れた。
 それから東京の盛り場を夜中まで彷徨っていた僕は、
 御回りさんに補導されたのです。
 交番で、ああでもないこうでもないと、問答が続き、
 よりによって、パトカーで自宅マンションまで送り届けられた。
 

 

 心配して寝ないで待っていた両親には散々小言を言われました。
「病院へ行くと言ったきり、戻ってこないのですが、ご自宅には?
 ・・・・・」
 バイト先の上司が心配して電話をくれたと母が付け足した。

 

 風呂にも入らず、押し黙ったまま、露の香の残る指を舐め、
 ベッドの中で狂った女医を想い朝を迎えた。


 

 とりあえず、僕は秋葉原に行こうと思った。
 顔も洗わず、朝食を摂らず、両親と顔を合わせないよう、
 部屋から廊下伝いに玄関ドアを抜けた。
 小走りに電車に乗り、1分もすると便意を。
 結局その日は、再び女医の陰部に触ることも、バイト先へ行くこともできなかった。
 

 

 女が恋しく、次の日も、なんとか秋葉原へ行こうとした。
 今度は、電車のドアが閉まると同時に尻の穴から便の汁がパンツに滲んでくる。
 満員の車両に異臭が立ちこめ、次の駅で飛び降りた。

 

 ついに3日後、駅の便所が間に合わず、プ

 ラットフォームで汚物をパンツの中に撒き散らした、物心ついてはじめての事。
 トイレに飛び込み、スラックスとパンツを脱ぎ捨て、
 流れる水で尻を洗った。
 シャツを裂いて両足に突っ込み、キオスクでパンツを買い、
 駅員に頼み込んで落し物のズボンをもらい、どうにか自宅マンションに戻ったのです。
 

 

 翌る日は、夜間高校の入学式。
 しかしながら、校門を潜ったのは、その日限りの事でした。

 

 その当時、僕のスケジュールは、

 月ー金曜日は夕方から始まる学校、木金の午前中と土日にフルタイム、秋葉原でバイト予定だった。
 しかし、その前に、心と体はもうボロボロに壊れていた。

 

 

 入学3日目、高校とバイトを同時に辞める手配を済ませた。
 それも自分の手でなく、両親の手を借りたのです。
 もう僕は何一つ自分の手で決断できない人間に成り下がっていた。
 寝ても覚めて変態女医の顔が陰部が瞼に浮かんで、
 露の匂いが残る右人差し指を舐める妙な癖をどうしても止めることができなかった。

 

 それから、5年におよぶ軟禁生活が始まったのです。


 

 駅の改札周辺で、僕は暫く立ち竦んでいた。
 この肩や肘に今買ったばかりのパソコンやプリンダー類の箱が何度もぶつかり、

 「邪魔だ。何でそんな所で突っ立っているんだ」
 そんな幻のような怒鳴り声が聴こえてくる。


 

 痛みを感じない。
 聴こえない声には、スミスさんで慣れている。

 僕は、女医に会おうと思いました。
 かつて知ったる秋葉原の街を皮膚科目掛けて歩いていたのです。


 

 霧の向こうに緑の叢が見えて、ずんずん進んで行きました。
 それは、僕が生まれる前の秋葉原、戦後間もないまるで闇市。
 線路脇にダンボールと屑鉄が積まれ、取引する数名の業者がリアカー持参で駆け付けていた。
 ボロ買いのような薄汚れた初老の男達、彼らは野良犬だ。
 

 

 2歩3歩と無意識に足を後退させると、スミスさんの声が聴こえてきたのです。

 

「心配いりません。
 彼らは善良な人々で、
 ああ、見えてもかなりの資産家です。
 子供を大学までやって、出世している人もいます。
 人を見かけで判断してはダメです」


 

「スミスさん、これは夢ですか?
 何かのメッセージですか?
 スミスさん・・・・・ 
 スミスさん・・・・・」


 

僕は叢の中へ歩き出していたのです。
 柵の向こうに、一匹の赤いキツネが座る。
 飛び越え、そのまま進んで行くと、  
 もう一匹赤いキツネが叢に座っている。


 

 振り向くと、キツネと柵は消え、不審ながらも進むと、
 一匹の赤いキツネが座る。
 向こうには、古い家屋が見えた。
 

 もしかして、ポール一家の厩ではないでしょうか?
 僕はまた歩を進めます。
 先ほど見た家は消え去り、
 今度は、二匹の赤いキツネが座る。
 右のキツネに男性シンボルを確認して、隣のキツネを見た。
 これは番だ。


 

 左を向くと、牧場のような空き地の奥に朱色に染まった社が見えてきたのです。

 あれは山城さんの離れに違いない。
 僕は足を進める。
 霧が立ち込めてきた。
 視界は1メートル。


 

 石畳の参道を進んで行くと、
 藁葺き屋根の離れの庭、綺麗に塗り上げられた朱色の社の側で、

 番の赤いキツネが並んで座り、器に盛られた稲荷寿司を食べていたのです。
 

 

    完


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