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アキはラグビー・ワールドカップの情報を仕入れるために、スポーツ雑誌を見ている。
日本は初戦のサモア戦に完敗していた。
今日のウェールズ戦に負けると、予選リーグ敗退がほぼ決定する。
仕入れた情報によると、日本がウェールズに勝つ見込みはほとんどない。
人口1億二千万人を超える経済大国が、三百万人たらずのウェールズに勝てないなんて、
どういうことなの?
訳がわからなかった。
食事を終え、風呂に入り、リビングでその時を待とうとしている。
テツが側にいる。
イングランド生まれの愛猫もいる。
トッド日本を応援するんだよ。
週末の夜更けに、その試合は始まろうとしていた。
アキとテツはNHKの画面に観入った。
パパとママもスタンドのどこかにいるだろう。
テツが面白いことを言った。
「ねえ、いっぱい外人がいる。
これじゃどこの国だか、わかりやしない。
確か、キャプテンも外人だよね?」
「そうよ、マコーミック」
「なんなら、15人全員外人にしてしまえばいいよ。
知ってる? ラグビーはサッカーと違って、外国籍でも代表になれるんだ。
日本がウェールズに勝とうと思ったら、全員外人にすべきだね」
「そう、それは面白い考えね。
全員が外人の日本代表なんて、笑えるけど面白いわ」
「そのマコーミックはラモスとは違うんだよ」
「ラモスは真の日本人。
日の丸に手を当てて君が代を歌う、真の日本人よ。
彼は侍なの。
外人が持て囃す格好だけの腰抜け侍とは違う、真の侍なのよ」
君が代が流れ、画面を静かに見守った。
キックオフ。
「マコーミック、マコーミック」大声でアナウンサーが叫んだ。
日本人は蚊帳の外のようだ。
日本代表は地元ウェールズに押され続けている。
「外人部隊が何人もいて、なにしてるの、まったく!」
前半を終えた。
トイレに行き、アキは紅茶にレモンスライスを入れた。
弟のも入れてやった。
テレビの前で一口飲む。
「テツ、日本がワールドカップの勝ったことがあるの」
「もう忘れた!
日本はフランスで3連敗だよ。
あれは協会と監督が悪かったのさ。
監督がカズを外しただろう。
スイスくんだりまで連れて来て、首にするんだから。
あれで、選手の土気が落ちたね。
うちの監督が言っていた、
『監督として一番やっていけないのは選手の土気を落とすことだ。
まあ、それ以外は仕方ない。
試合には運もあるし、監督がやれることなんて限界がある』
選手をやる気にさせるのは名監督なんだって」
「わたしが言ってるのはサッカーじゃなくラグビーのことよ。
日本がワールドカップで一度だけ勝ったことがある。
それは今から8年前のわたしたちがロンドンに住んでいた頃、
イングランド大会で日本はアフリカの聞いたことがないような小さな国に勝った。
それが日本ラクビー協会の自慢の種なの」
「ラグビーとサッカーは比較にならないよ。
規模も競技人口も、まるで違うから。
日本のサポーターなんてどこにもいないじゃない。
スタンドにパパとママがいる、そうでもないと、ラグビーのワールドカップなんて観やしないさ。
クラスで話題にもならない。
中学の英語教師なんて、パパとママはどこにいると聞くから、
ウェールズと応えてやったら、ウェールズ? 首を傾げて。
そいつ英語の教師だよ。
もう一度、中学で英語を学んで来いって、間抜けな教師だから。
それくらい世間の人はラグビーもウェールズも知りはしない。
日本で一番のビッグカードは依然早明戦だから。
それが日本のラグビー界の現状なんだ」
後半戦が始まった。
二人は黙って観ていた。
アナウンサーの声が籠る。
時折、「マコーミック!」悲痛な響きが伝わる。
黙ってNHKの画面を眺めている。
トッドはどこかに行ってしまった。
彼にも日本の苦戦はわかるようだ。
日本人はなーにしているの!
あなたたちには外人部隊が付いているんでしょう。
心の中で叫んでみたが、戦況に変化はない。
昨日、電話で確認したのに、パパとママはどこにもいない。
スタンドに両親の姿を見つけ出すことはできなかった。
ゲームが終わった。
点差は思い出したくもない。
これで日本の予選リーグ敗退が決定しました、アナウンサーが虚しく叫んでいた。
そんなこと、はじめからわかっていたよ。