愛の夢・・・9 | ブログ連載小説・幸田回生

ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 9

 

 月曜日の朝、ケイが出かけた後、郵便バイクの音がするので、
 外のポストを覗いた。
 先週、面接を終えた会社からの封書が届いている。
 それを急いで部屋に持ち帰り、鋏で封を切る。

 

 まず気づいたのは、僕の履歴書が返還されていることだ、
 これで文章を読まなくても、今回の面接、就職が失敗に終わったことが理解できた。


 

『先日、貴殿も、何かと忙しい折り、

 わが社の面接を受けていただて誠に有難うございました。
 いろいろ検討した結果、今回は、採用を見送らせていただきます。

 つきまして、履歴書と交通費ならび経費に2千円の小切手を同封します。
 貴殿の就職活動の成功を節に念じています』

 

 僕は、文章と小切手を一瞬破り捨てようかと思ったが、
 有難い忠告とお金だと思い直し、それを自分のデスクの引き戸に仕舞った。

 電話が鳴った。

 

「ケンさん、
 昨日、由香里とカズさんが家に来て、犬を置いて帰ったの。
 シンガポールに連れて行けないとか言って。
 わたしは実家に連れ戻しなさい。
 と、言ったのに由香里が強引に置いていったの。
 なんでも、ケイがわたしに預かってもらえと言ったとか。 

 

 わたし、犬が苦手なのよ。
 まだ、猫ならいいけど。
 あの子は頭は良いけど、人の気持ちが理解できないところがあるんです。
 わたしの教育が間違っていたのでしょう。
 ねぇ、ケンさん、近いうちに家に来てもらえない」
 お母さんは、一気に捲くし立てて話すと、ガチンと電話と切った。


 

 コーヒーをカップに入れて飲もうとすると、
 また電話が鳴った。


 

「お母さんから電話がなかった? 
 今、わたしの携帯にお母さんから嫌味の電話があったの。
 あなた、近いうち、家に寄ってサムの面倒をみるの?」

 

 ケイからの電話だ。

「お母さんが、一方的に話して、プツンと切れた。
 別に約束した訳じゃないよ」
「お母さんは、もうすっかりその気よ」


 

「お母さん、犬、苦手だったの?」
「そうみたいね!」
「知らなかったの?」

 

「知らなかった、猫なら飼っていたけど、
 犬も猫も同じようなものでしょう」
 僕はケイにあきれ果て言葉が出ない。
 面接が失敗したことを言おうとしたが、そちらも言葉が出なかった。

 

「今日、何するの?」
「予定はないけど」
「そう、わたしが帰るまで良い子にしていなさい」
 
 

 ケイの電話は切れて、僕は生暖かいコーヒーを飲んで朝刊に目を通した。
 目新しい記事をなかったが、唯一気になる記事が求人情報だった。 

 求人情報は日曜日により多く掲載されるのをこの2ヶ月の経験で知っていたのだが、

 面接の結果に一縷の望みを繋いでいた。
 

 昨日は、新聞を飛ばし読んだので、昨日の記事、特に求人情報を丹念に読んだ。
 僕の食指を動かす求人情報は昨日と今日の記事にはなかった。
 ケイが言った通りあせって仕事を探す必要はないのかもしれない。 

 僕の経験、証券会社の顧客担当を活かす仕事を焦らず探したほうが長い目でみたらプラスだろう。


 

 僕は履歴書を数枚書いて、前の会社で気のあった仕事仲間にメールを打った。


 

『ご無沙汰しています。
 会社を辞めて2ヶ月以上が無駄に過ぎました。
 実は次の仕事が決まらず少々焦っています。
 広告代理店のアルバイト中に、原付バイクで事故に遭い10日間入院していました。
 退院後10日あまり経ちます。
 

 恥ずかしい話しですが、事故の保険で食い繋いでいる有様です。

 先日、ある中小の食品会社の面接を受けてみましたが、
 今朝、断りの通知が来ました。
 やはり、いままでの経験を活かして次の仕事を探してみようと思い始めています。
 何か、良い情報があれば連絡して貰えると有難いのですが、
 

 電話でも、メールでも結構です。
 良い返事を期待して、ケンより』

 

 このメールを打って、僕はパスタの軽い昼食を摂って家を出た。 

 当てはなかったが、足は自然と職安のあるターミナルに向いていた。

 

 昼過ぎというの職安の前に数人外人の立ちんぼが屯している。  

 目が合った。
 でも、声を掛けてこない。
 彼女たちには僕の懐を見抜く眼力が備わっているようだ。 
 立ちんぼにも相手にされない。
 それは喜ぶべきか悲しむべきか、経済や外交のように難しい問題である。
 

 

 職安の係りの人に先日の面接は失敗に終わったことを告げると、

 彼は2つ、3つ次の仕事を紹介してくれようとしたが、僕は納得できる仕事をじっくり探しますと、

 丁寧に断りを入れ、この場を去った。
 

 

 ヤスに電話にしてみた。
 ヤスは仕事で留守だったが、お母さんによると1時間もすれば戻って来ると言う、

 ヤスの家を訪れることにした


 

 職安前からバスに乗ってヤスの家に向った。
 バスの中はこの街の状況を反映してか、10人ほどの乗客の内、
 半数以上は外人だ。
 アジア系が3人、ヒスパニック系が4人、それぞれシートに座っている。
 

 僕は運転手の横の席で往来を眺めていた。
 スペイン語らしい女の大声が社内を包む、

 笑い声とダンスのステップのような足踏みに混じって。
 

 運転手が社内マイクを握った。

 

「危険ですから、静かにしてください。
 もし、できないようであれば、降りてもらうことになります」

 

 女たちに通じたのかどうか、突然静かになる。

 アジア系の男が僕の前に立ち止まり、なまりのきつい日本語で、

 

 「Z病院はココでオリルノですか?」

 

「Z病院はこのバスでは行けません。
 ⑦番のバスに乗ってください」 

 

 彼は軽くお辞儀をして他の二人と共に次のバス停で降りた。

 ヤスの家は3代続くこの辺では老舗の酒屋だ。
 数年前に古い木造から5階建てのペンシルビルに建て替え、
 その後、親父さんが亡くなり、ヤスが家を継いだ。 

 

 僕がここを訪れるたのはペンシルビルが建った直後で、親父さんの死後初めてだ。
 ヤスはまだ帰っていなかった。


 

 僕は店のレジ前でお母さんの話し相手をした。

 

「お久しぶりです、ご無沙汰していました」
「本当に久しぶりね。ケンさん、結婚したんですって。
 ヤスにも早く身を固めてもらってわたしも安心したい。
 でも、本人にとんとその気がないようで。
 事故に遭ったと聞いたけど、もう大丈夫なの?」

 

「大丈夫です」
「それは、よかった。この辺、変わったでしょう。
 ご近所さんの多くが他所へ越してしまって、この商売も大変で」

 

「僕の実家は、ここよりひどい有様です。
 残っている人間のほうが少なくて、
 不動産屋と他者がデカイ顔で闊歩している、死んだ街ですよ」
「近頃、捨て犬と野良猫が多くて、犬や猫を連れて行けない、
 そこまで気が回らないのでしょう」
「そうですね。僕は犬を飼って経験が・・・・・」

 

 ヤスが軽ワゴンに乗って戻ってきた。

 

「いや!」
「よく、来たな」


 

 5Fのヤスの部屋に通されヤスの好きなコルトレーンを聴いた。


 

「このビルはまだ一度も埋ったことがない。
 2階と3階が賃貸で3階が空いたまま、どうにかならないものか! 

 親父、不動産屋と銀行に騙されていた。
 親父が死んで初めてそのことに気づいた。
 ここの土地を担保に金を借りたのはいいが、返済がきつく、
 どうにか持ち堪えている。 

 

 月末の払いが心配で眠れない日も多い。
 近く、このビルを手放すことがあるかもしない。
 酒屋がこんなチンケなビル立てる必要なんてなかった。
 本業の酒を売ってりゃいい。
 

 親父、馬鹿だった。
 ビルを建てりゃ俺が喜んで店を継いでくれるとでも思ったんだろう。
 ひとり独断で決めやがって。
 俺がSとヨーロッパで放浪している時だ。 
 家に帰ったら、そりゃ、びっくりしたぜ。
 基礎は終わって鉄筋が入ってるんだもの」


 

「先日、面接を受けた食品会社から断りの通知が届いたよ、

 履歴書と一緒に。
 うちの奥さんから電話があってそのことを伝えることが出来なかった、

 情けない話しだけど」


 

「ケン、そんなことで落ち込むなよ。
 面接の一つや二つ落ちたくらいで。
 お前、借金なんてないんだろう。
 何でも働けば、飯くらいは食っていけるって。
 

 

 ケン、ここの借金、いくらあると想ってんだ。
 気が遠くなって眩暈がするぞ。
 大企業と同じく、債権放棄、借金の棒引きをして欲しいね。
 馬鹿な政治家や役人はいった何を考えている。
 このままでは、日本は潰れる。
 青二才の俺が言うのもおかしいけど」


 

「馬鹿と言うより無能と言ったほうがいいと思う。
 政治家や役人が無能なのは、

 国民の意識が低い、マスコミのレベルが低い、日本が民度の低い国からなんだと思うよ。
 無能でもやれる無能なほうが都合がいい国なんだよ、今の日本は。 

 いままでが順調すぎたこともあるが、
 

 この2ヶ月間、ある意味、社会から疎外された環境で過ごしてみて、

 いろいろ自分なりに考えてみた。
 日本の社会を動かしている、権力を持っている連中というのは、 

 村社会の論理に長けた連中ではないかと。
 

 日本は村人が支配している国なんだ。
 前の会社でもそうだった。 
 上は旧大蔵省、外務省から木っ端役人まで。
 政党、宗教法人、各種圧力団体、みなしかりだ。

 

 まるで、戦前戦中陸軍の亡霊が今の日本を支配していると言ってもいい。
 日本は村の呪いで戦争に負けた。
 そして今、その村の呪いで経済戦争に負けようとしている」

 


「ケン、まるで論客じゃないか。
 本でも出してみろよ」
「そうかな」
「ああ、そうさ」
「その気にさせるなよ」
 

 

 エレベーターで1Fに降り、僕はヤスの車に乗って営業について回った。
 
 

 車は歓楽街に入った。
 ヤスはペンシルビルの前に停車して、車から台車を降ろしビールと数種類の酒を積んだ。
 僕はワゴンのハッチを降ろす。
 ビル正面の黒服の兄ちゃんが僕に眼を飛ばした。

 

 奥の狭いエレベータにヤスは台車を押し入れ、僕は後から乗った。 

 5Fでヤスはエレベーターの間延長ボタンに触り、
 台車を押し出す。

 

 
 店内に入った。
 

 女がチャイナドレスに身を纏いヤスに近寄る。

 

「オカネ、10日マッテクダサイ」
「また、ですか。これで3回目ですよ」
「10日マッテモラエバ、シッカリハライます」

 

「今日、払ってもらわないと、この商品は持って帰ります。
 うちはボランティアでやっている訳ではないんで」
「ソレは、コマリます」
「こっちが困ってるんですよ」
「オカネは、ナントカシます、30分マッテクダさい」

 

 僕とヤスはこのチャイナ・マッサージらいし店のソファーに座り、 その女を待った。
 


 

 30分どころか1時間以上待たされるはめになる。
 チャイナドレスの別の女が僕とヤスにコーラを渡す。
 ヤスは女に、

 

「ママさんはどこへ行った?」
「シリマセン」
「ここはチャイナ・マッサージだろう。
 ここでいくら貰ってる?
 男といくらで寝る?」
「シリマセン」

 

「ここは何人の女がいる?」
「シリマセン」
 ヤスと女の押し問答が続いた。
 

 僕はコーラを飲んで控え室から出てきた二十歳前の女に目を遣った。
 若い女は中国人には見えない。
 僕はトイレに行くふりをして席を立ち、女に近寄った。

 

「なんて言う名前?」
「ティナです」
「フィリピーナ?」
「ハイ」
「ママさんはどこへ行った?」
「タブン、チカクのボスノトコロ」

 

 僕は席に戻りママがボスの所に行ったとヤスに伝えた。
 ヤスは少しビビッテいるようで、ハンカチで顔の汗を拭い、
 それから、続けて2回トイレに行った。
 

 ママが一人で戻ってきた。

「オカネがソロイマシタ、オサケをオイテイッテクダさい」

 

 ヤスは金を受け取り、早足で台車を押しエレベーターに乗って1Fに戻った。
 が、車がなかった。
 白いチョークが引かれ、僕たちは車を取りに指定された駐車場に向った。


 

 駐車場は職安前にあった。
 ヤスは受付の老人に事のなりを話すと、

 警察へ行ってお金を払って来るように指示を受け書類を手にした。


 

「ふざけやがって、S署に行って3万円払ってこい。
 レッカー移動が1万5千円、駐車違反が1万5千円、計3万円。 

 それに減点2点だと。
 馬鹿にすんな、みんな、チャイナのママが悪いんだ」

「それでどうする?」

 

「金払ってこなきゃ、しょうがないだろう。
 車がないと仕事にならないし」
「車はそこにあるよ」
「ああ、車は無事だな、安心した。俺、S署に行って金払ってくるよ」
「僕も行くよ」
「わかった、一緒に行こう」


 

 駐車場を出ると、立ちんぼが待ち構えていた。
 今度は、纏わりついてくる。
 巨乳の黒人が乳を揺らし、ヒスパニックはミニスカートを上げた。 

 もう一人のスリムな黒人がウインクを決めた。
 巨乳がヤスの腕を引く。
 ヤスは女の足を踏んだ。

 

「ファック・ユー !」
「向こうへ行け! クロンボ」

 

 ヒスパニックとスリムが僕たちを囲む。

 ヤスはもう一度叫んだ。

 

「向こうへ行け! ここは、外人がいる所じゃねえんだ。
 ここは日本だ。
 俺は今から警察に行く。お前たちがやってることをみんな喋ってやるぜ」

 

 立ちんぼたちはヤスの異様な雰囲気を察し、僕たちから離れ、
 職安前から立ち去った。
 ヤスの頭から湯気が立ち、早足に僕たちはこの場を立ち去りS署に急いだ。


 

 ヤスがS署で書類を渡し3万円を支払うまでの間、僕は2Fの女性にあいつの経過を尋ねた。


 

「その後、何か手がかりはありませんか?」
「手がかりは何もありません、何一つ」
「そうですか、この近くの友人の飲み屋に数度、仏さんが客として来ていたことを知りました。
 それが唯一の手掛かりです。
 いつも一人で来て、ビールを飲むとすぐに帰ったそうです」
「そうですか、何というお店です?」

 

「Sという店です」
「解かりました」
「なにか、情報が有りましたら連絡を下さい」

 

 電話番号のメモを彼女に渡すと、1Fに降りた。

 ヤスは既に手続きを終え僕を待っていた。
 駐車場に戻りヤスは車を手に入れた。

 

「高い、駐車代だったな」
「まったくだぜ」

 

 僕はヤスとここで別れ、ターミナルまで歩いた。



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