貧民窟・・・12 | ブログ連載小説・幸田回生

ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 12

 

 1ヶ月ぶり月曜日の朝、

 トレナーにジーンズの本山さんが、床をモップで拭いていた。
 声を掛ける前に目が合った。
 

ばっさり髪を短くした彼女は手を休め、
「久しぶりね。それで少しは落ち着いた」
「ええ、なんとか。 
 ご心配、おかけしまして申しわけありませんでした」
「そんなこと気にしなくていいのよ。
 警察のほうは何ともなかったの?」
「ええ、臭い飯を一晩食べただけです」

 

「それで、部屋の後始末は?」
「さっぱり終わりました。これでもう戻る場所がありませんね」
そう言って、ロッカーのハンガーに紺のダッフルコートをに掛けた。

「ねえ、綺麗にしてるでしょう。
 悪いと思ったけど、あなたがいない時に勝ってに開けて1度掃除してあげたの。

 見られて困る物でも、入ってた?」

 

「いいえ、ありがとうございます」

 彼女はいつもの椅子に腰を降ろしていた。

「ついでに社長のも開けてみた、汚いのなんの。
 社長の臭いが部屋中に流れて充満し、窓を開けも、臭いが消えず、

 その日は大変だった。
 あの臭いの源は何なのかしら。
 実はそれ以上に驚くことがあった。
 それは、ロッカーの下に蹲っていた紙袋の中から古い資料がでてきたのよ。
 

 あとで役に立つと思い、ここでコピーを取り、

 オリジナルと一緒に今わたしの部屋に保管してある。
 それは北田さんにも黙っていた。
 でもいつか、あなたには見せてあげる」

 

 俺はその臭いに気づいていた。
 俺の部屋にまで忍び込んだ犬に纏わる死の臭いだ。
 しかし、ここでは黙っていた。
 そうしたほうが賢明であると閃いたからだ。
 古い資料とは何なんだ?

 

 彼女は椅子を反転させ、尚も喋りつづけた。
「1度くらい電話して欲しかったな。
 わたしから、しようとしたけど、それも気が引けて。
 それで北田さんに相談したら、あなたに手紙を書いたって。
 知ってると思うけど、長男が交通事故で亡くなり、

 社長はあれから事務所にまったく出てこない、まったく困ったもんよ。
 仕事には支障はなくても、自分の会社でしょう。
 落ち込んで動けないそうだけど、一人息子ならともなく、
 あと3人も子供がいるんだから、もう区切りをつけなくてどうするの」

 

 彼女の目の前を通り、俺は小さな流しの前に移動していた。

「それも、そうですね。
 北田さんは、どうしてますか?」
 彼女はなおも椅子を反転させ、
「2日置きに来るわ。
 そうね、今日は2時頃には来るんじゃないの」
「そうですか。
 本山さんは、1ヶ月間、毎日早出をしていたんですか?」
「そうよ」

「ご苦労かけてすみませんでした」
「あなたが、戻って来てくれて、もういいの。
 少しはあなたの苦労がわかったわ。
 あの頃のことを少し思い出していた。
 わたしがここ来る前に加藤さんいうベテランの社員が辞めて、
 早出はわたしの仕事だった。
 あなたが来るまでの2年間、わたしはずっと一人だった、
 もちろん北田さんを除いてだけど」

 

「その加藤さんというのは、どういう方だったんですか?」
「よく知らないけど、ここの顧客リストを盗んだのばれて、
 社長に追い出されたと、北田さんは言っているわ。
 今ではどこで何をしているやら」
「そうなんですか」
「もしかして、北田さんはその人とできているんじゃないですか?」

「ねえ、あなたもおもしろいことを言う人ね。
 その人、男の人よ。
 それも50歳になっているかもしれない、おじさんよ」
「そうじゃなくて、二人は闇のパートナーということですよ」
「それは知らないわ」
「今日はじめて、その加藤さんの名前を聞きました。
 以前、男の人が勤めていたのは知ってましが、タブーな気がして」
「そう言われるとそうかもしれない」
「社長は加藤さんの話をしたがらない」
「加藤さんの話題を避けているのは、あなたが言う通りなんとも不自然な気がしてきたわ」

 

 本山さんが用意した電気ポットの湯で二人分のコーヒーを入れ、 

 俺はマルボロに火をつけていた。


 北田さんがやって来たのは、商品を受け渡す準備に追われていたので、

 午後4時をまわっていたと思う。
 久しぶりに見たその姿は白髪が増え、頬がこけて別人のようだった。

「おーっ!」
 と、右手をあげて、 いつものジーンズを基調にしたカジュアルなファッションから紺のスーツと太襟の白のシャツにノータイで薄黄色からの黒縁の眼鏡に変えていたのだ。 

 

「元気に戻ってきたな。
 それで、今日3人で晩飯でもどうだ。
 お前たちがよければ、このまま街へ繰り出そうぜ」
 本山さんの様子を覗ってひとまず、「いいですよ」と応えた。
「わたしも用事はないし、彼の歓迎会にちょうどいいんじゃないの」
「じゃ、決まったな」

 収集が遅れて、事務所を出たのは6時半を過ぎていた。


 

 陽はしっとりと暮れ、街灯りが点り事務所の脇を抜け色街沿いに歩いた。
 ピンサロ街に入ると、急に鼓動が増してきたのだ。
 意識したというより無意識に心臓のほうが弾んでしまっていたのである。
 この先の路地脇にかつて母と北田さんが暮らした施設があった。
 彼の顔色をちらりと覗いた。
 いつものように陽気に大声で他愛のないジョークを飛ばし、
 シリアスさの欠片もなかく、意図してこの場所を通っているのか、

 察することはできなかった。
 

 ブツを見に行った倉庫横に達した。
 奥の狭い階段に目をやる、あの臭いと母の残像が重なり合って、 

 急に足が止った。

 産まれて間もない母はすぐここに連れられ、10年間にわたり暮らしていたのであった。
 役所の御都合主義のために施設は売り飛ばされ、

 母たちはまるで敗戦捕虜者たちのように郊外の旧陸軍の残骸に移されたのである。

 北田さんの声で我にかえった。
 彼の顔色をふたたび覗った、その目には幾ばかりかの哀愁と臭いをおびていた。

 

 連れられたのはビルの4Fの韓国料理店だった。
 派手な原色をあしらったチョゴリのママさんが、丁寧にお辞儀をすると、

 我々には指定の座敷が用意されていた。
 ここでも、臭いを感じとっていた。
 いや、微妙に違ってはいるが、きっと共通する因子があるように思う。
 それに導かれて北田さんがここにやって来るのだろう。

 

若い韓国女性から日本風のおしぼりを受け取り、鮮やかな碗にお茶が注がれた。

 ママさんが顔をだす。
 彼女の日本語には微かな韓国なまりがあり、

頬骨が張ってはっきりとした目鼻立ちとメイク、

 30前後の年齢から、この10年の間に渡って来たいわゆるニューカマーであると想われる。
 ママさんの口ぶりから、北田さんはこの店の常連のようで、
 二人の個人的になつきあいまでは、この場で推し量ることはできなかった。
 
 韓国料理通でなく、詳しい料理の説明ができないのが残念である。 

 白米とキムチ(本場使用なのか?)辛すぎて頭部から大量の汗を掻き、

おしぼりで汗を拭うはめになった。
 
 あとはなんだろう?
 ママさんが鋏みで切ってくれた焼肉と、ピり辛丼が最高だった。
 テーブルいっぱいの豪華な料理はいたって上手く、
 ビールと酒は、いまひとつ口に合わなかった。
 
 ここでは社長の話題で持ちきりとなった。
 長男は事故現場近くの病院に収容されたのが午後8時過ぎで、
 社長宅への知らせは、しばらく経ってのことだという。
 セルシオで事務所から帰宅して風呂上りにビールを飲んでいた社長は、

 奥さんが運転するフィットの助手席で病院にむかった。
 

 夫妻がそこに到着してすぐに日付が変わると、

 長男は両親に会うのを待っていたかのように息を閉じこの世の人ではなくなってしまった。

 その同じ夜、風呂場で白く淀んだバスタぶから溢れだした赤水に怯え、

野良犬の薄汚れた血が俺を呪っているようで数え切れないほどの寝返りをうち、

一睡もできずに明け方を迎えていた。
 それでも、被害者への思いは微塵もなかったのである。
 
 長男を自宅に連れ帰った夫妻の密葬にしたい意向から、
 北条さんと本山さんは通夜葬儀への参列を控えた。
 あの日以来、社長は姿をみせていない。
 もう、かれこれ10日が過ぎている。

「奥さんが電話にでるだけで、社長は居留守か雲隠れでもしている」
 北田さんは言うのであった。
 社長は、いつから仕事に復帰するのか?
 それが共通する今最大の関心事ということで、この場はお開きとなったのであった。


 

 次の日の午後、事務所で本山さんが電話で顧客と応対している間に、

 北田さんが「今晩、韓国クラブに行かないか?」と誘いを掛けてきた。

 昨日のように三人で事務所をでると、

いつものように俺は本山さんと駅まで歩く最中に人と待ち合わせがあると、

別れを告げ、大通りから脇道に入り、

ピンサロとラブホテルとを結ぶ待ち合わせ場所の倉庫前まで俯きかげんに歩いていった。
 

 その場所で足を止めた。
 また感慨深げに眺めていると、この場所は時間や空間の連続性とは無縁であり、

 一瞬のうちに、ここが自分の居場所でありルーツであると認識させられたのであった。

 北田さんはいつものように右手をあげてはいなかった。
 ママさんの店から数件先のビル一室の狭い空間のボックスで二人の女が俺たちを囲んだ。

 俺の横の女をA、北田さんの横の女をBと呼んでおこう。
 Aとはなまりのきつい日本語でまず自分の源氏名をいい、
 俺の名前を聞いたが、適当に篠原と応えておいた。
 女Aの名前はとても覚えられなくて、ビールで喉を潤し、
 俺は世間話しの聴き役だった。
 
 北田さんはマネジャーに目的を伝え、女を店外に連れだした。
 俺と手を繋いだAは、大柄でハイヒールを履くと173センチの俺よりでかかった。
 前を行く北田さんが肩までしかない小柄なBと歩んだ先は、
 ホテル『フォミューラー・1』だった。
 
 ツンと臭う室内に入って、

まず女は自分のカシミアのコートをハンガーに掛けて俺のコートを隣り合わせた。
 彼女は花柄のドレスを脱ぎ捨てると、ブラからはみ出しそうなおっぱいの下は、

 スケパンの中のこん盛りした恥毛だった。
 思わぬ物を見てすぐに反応したは、ムスコ自身だった。
 女はブラを外すと、丁寧に俺を脱がせはじめた。
 パンツまで綺麗に剥がされ、サービスなのどうか、
 いきり立つチンチンを手で触って、意味深にニヤリと笑った。
「若くて元気ね!」

 

 女はバスタブに湯を張りタイルに流すと、

 何故かしら備え付けのソープランドと同じ黄金のスケベ椅子に座らされた。
 女はスケパンを取り、俺はチンチンをしごかれ綺麗に洗われながらも、

 右手で大きなおっぱいを揉み解していた。
 
 二人でバスタブに浸かり、じっくりと女の顔をみて驚いた。
 あのソープ嬢にそっくりで、若くしたと思えば間違いない。
 まだ二十二、三だろう。
 湯上がりに綺麗に体を拭いてもらい、
 骨太で肉付きのいい女の体を抱きかかえた。
 重くてようやくベッドに運ぶと、勢いで綺麗なピンクの乳首を吸う。
 脳裏に深く刻まれた母乳の味と、性器にはメンスの臭いが残っていた。

 思い出せなかった、女を抱いたのはいつ以来だろう。



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