陸遜と孫権 | 三国志のお話し

陸遜と孫権

陸遜は、孫権の股肱の臣と言っても差支えがないくらい呉にとっては
重要な人物です。


しかし、その遍歴からすると呉とは、というより孫氏とは敵対しても
おかしくない経歴を持っています。


陸遜の父は早世したので、陸遜は廬江太守であった従祖の陸康のもとで
役人をしていたとあります。

その陸康は、袁術から兵糧の供給を拒んだため、袁術から逆恨みをかったとある。

袁術は、その時身を寄せていたいた孫策に陸康をたおしたら、代わりに
太守にとりたててやるとか何とか言って丸め込み、孫策に陸康を攻めさせたとある。

陸康は、一門を守るため、自分の息子の陸績より年長であった陸遜に
一門を率いさせて、出身地の呉に帰らせたとあります。
なので陸康はたぶん孫策に殺されたんじゃないでしょうか、
その後の記述が無いんでよくわかりませんが…。


その後、陸遜は、孫権が孫策の後を継いだとき、年二十一で仕官したとある。
孫氏からすれば、有力な豪族である陸氏を敵にまわしたくないのみならず、
味方に引き入れたいと思うのは当然ですね。


陸遜の方も、その後の行動から観ますと、誠心誠意孫氏に仕えている。
ここら辺の陸遜の深層心理というのはよくわからん…。
孫氏というのは、陸氏の敵ではないのか?


一方陸績の方は、自分が正しいと思ったら、言いたいことを言う性質だった。

なので、地方に左遷されて愚痴ばかりたれてたとある。
こちらの方は、陸遜と違って自分の父親を害した人の弟に仕えたということに
なるので、嫌味を言ってないと、やってられんといった感じだったのでしょうか?
陸遜に一門を率いられたことに嫉妬してたという可能性もありますね。