土用の丑の日 | 三国志のお話し

土用の丑の日

ちょっと一日ズレてしまいましたが、土用の丑の日のお話し。


今日は暑いのに、かんじんな昨日は肌寒かったですね。


この日に鰻の蒲焼を食べる習慣は、平賀源内が看板に〝土用丑の日に鰻を〟と書いたのが

はじめだとか何だとか、けっこう有力な説らしいです。



平賀源内


よくみかける記事に「万葉集に書いてある」とありますが、萬葉集には
 石麿にわれ物申す夏痩に良しといふ物そ鰻取り食せ
とあるだけ、「鰻は夏痩せにいいらしいですよ」と石麿さんにすすめてるだけですね。
蒲焼も、丑の日も関係ないようです。

昔から夏痩せに鰻が効くと云われてたんでしょうか、なので平賀源内は友人の鰻屋にCMを
頼まれた時に〝土用丑の日に鰻を〟と書いたのかどうか。


土用というのは、五行説の土のことですね。
 木-春
 火-夏
 土-(四季の土用)
 金-秋
 水-冬
五行に四時を配当したかったんでしょうが、土がどうしても余っちゃっうので、もっともらしく
土用なるものを案出したと、田中先生は著書『暦と日本人』でおっしゃっている。


まことにもっともだと思うのですが、一応説明しとくとだいたい次のようです。
 五行では春は木気、夏は火気、秋は金気、冬は水気が専ら支配するという。
 土気はどの季節にもあるが、専ら支配力をもつ季節はないということ。
と、『和漢三才図会』の訳者注釈にある。


おなじく『和漢三才図会』 土用 の項では、次のように説明している。
 蔡邕の「月令」の注に、「土は四時のいずれにも身を寄せ、各々十八日、合わせて七十二日
 盛んとなる。この七十二日を除けば、木火金水もまた各々七十二日となる。土は四時の間に
 ないときはなく、それで定位なく専気なく、辰・戌・丑・未それぞれの末に身を寄せて盛ん
 となる。末の月は火金の間にある」とある。

昔の人は、一年を一月三十日、十二ヶ月で三百六十日と考えたかったんでしょうね。
なので、一年を五行で割ると七十二日、土用は四時に身を寄せるので各々十八日だと、
蔡邕はここで述べてるのだと思います。
今は律儀に一年三百六十五日をきっちり割ろうとして土用は各々十八~九日とかしてある。
別にそんなに律儀に計算しなくても、実用上はなんら問題ないので、昔の人の単純に割切れる
十八日間でいいんじゃないかと思う。
蔡邕の言ってる「辰・戌・丑・未それぞれの末に身を寄せて」とは季節(三・六・九・十二月)
のこと。
「末の月は火金の間にある」とは、五行の木(春)・火(夏)・土・金(秋)・水(冬)を
あらわしている。


土用とは、四立(立春・立夏・立秋・立冬)前の十八日間を指す。
したがって、土用明けの次の日が四立(シリュウ)ということになります。