十八史略 | 三国志のお話し

十八史略

『十八史略』、よく聞く史書?だが、あまり上等な物ではなさそうです。


『十八史略』を考察するのに、吳王夫差・越王勾踐の〝臥薪嘗膽〟古事を参考に

したいと思います。


-----【以下、臥薪嘗膽について】----------


〝臥薪嘗膽〟この言葉は、宋代のころからあったらしい。
一番古いとされてるのは、蘇東坡の

 しもべ夾を以て遣いを受ける、臥薪嘗膽、日月のすすむをいたむ、功名の立たざることをなげく
 『疑孫権答曹操書』
 〈僕受遣以夾、臥薪嘗膽、悼日月之逾邁、而歎功名之不立〉

というもの。


また、勾踐と〝臥薪嘗膽〟とを関連付ける物としては、

 陛下に精思熟慮を願う、愛民を己に約す、勾踐の臥薪嘗膽におよぶ
 『宋史』 趙必愿
 〈願陛下精思熟慮,約己愛民,必如勾踐之臥薪嘗膽〉

とある。

蘇東坡は北宋の人物だから、この時代には〝臥薪嘗膽〟という言葉があったということに
なるんですかね。
『宋史』は、これを越王勾踐の古事にこじつけたことが考察できる。


日本では

 【臥薪嘗胆】

 呉王夫差が、父のかたきの越王勾践に対するあだうちの志を忘れないために薪の上に寝て

 身を苦しめ、夫差に敗れた勾践があだうちの志を忘れないために胆をなめて身を苦しめたという

 故事から。
 『学研漢和大辞典』

という意味で有名。

しかし、これは無茶苦茶である。
『史記』にも『呉越春秋』にも、こんな古事はないようです。


ちなみに『史記』の勾踐には、

 呉すでに越をゆるす、越王勾踐国にかえり、身にうけた苦しみに心を焦がし、坐に胆を置く、
 坐に臥せるに胆を仰ぎ、飲食に胆をなめる。
 曰く「なんじ会稽の恥を忘れたか?」
 『史記』 越王句踐世家
 〈吳既赦越,越王句踐反國,乃苦身焦思,置膽於坐,坐臥即仰膽,飲食亦嘗膽也.
 曰:「女忘會稽之恥邪?」〉

とあり、出てくるのは〝嘗膽〟の古事だけのようですね。


もともと勾踐に関連するのは〝嘗膽〟であった。
これを『宋史』あたりが、何らかの典拠に依って勾踐と〝臥薪嘗膽〟を結びつけた。
とするのが順序としては正しいということになるんでしょうか。


では、日本の辞典に載ってる吳王夫差と越王勾踐の古事は、どこからきたのか?

これは、はっきりしていて『十八史略』からきてるそうです。

この本が成立したのは、元の初めころで、曾先之という人が書いたらしい。
この本に

 「吳王夫差薪に臥し、越王勾踐膽を嘗める」

とかいう物語が出てくるそうです。

なぜ、曾先之がこういうありもしない作り話を挿れたかは不明。
面白おかしくしないと売れなかったんでしょうかね。


なので、この『十八史略』、中国での評価はすこぶる低い。
今の中国にはもう無い、四庫全書に清代にその名が残ってる程度で、曾先之なんて

もう誰も知らない。

四庫全書では『十八史略』を評して

 「蓋郷塾課蒙之本」

とある、意味は、

 田舎の塾で使う愚か者の本
 【蒙:愚か者】

程度の意味です。


これは例えて言えば、古事記『稻羽之素菟』の説話に出てくる〝和邇〟を鰐と誤訳して、
そのまま出版しちゃった。
日本では、とっくに間違いであるとわかってるけど、どっかの外国では未だに貴重がられていて、
日本でも昔はワニがいたんだと誤解されてるようなものになるんだと思います。

ということで、『十八史略』は、あまり上等な書物でないとしたしだいです。


これらのことは、高島俊男が完璧に論破しておられる、興味のある方は、ご一読をお奨めします。