孔明の嫁選び | 三国志のお話し

孔明の嫁選び

諸葛亮さんは、勤勉・質素・倹約に勤め、私財を蓄えるようなことはしなかったとあります。
諸葛亮の劉禅への上表文に
 「成都には桑八百株、やせ田が十五頃、必要な衣食は支給品のみです。
 財産を作って、利益を得たいと思うことはありません」
とあり、諸葛亮の死後に確認したところ本当にそのようだったとあります。


孔明さんは仕事以外に興味が無いかのようですが、嫁さん選びに関する面白いお話も
伝わっております。

『蜀書』諸葛亮傳の註に引く『襄陽記』にこうあります。

 沔南の黄承彦は、諸葛亮にこう薦めた「君が嫁を探していると聞いたが、私に醜娘がいる。
 赤毛で色黒だが、才知の方は、君とお似合いだ」
 諸葛亮が承知したので、すぐさま娘を車に乗せて送り届けた。

この話しは、当時の人の笑い話の種となり、郷里では、
『孔明の嫁選びを真似るな、承彦の醜娘をもらうはめになる』
という諺にもなったほどだそうです。


この小話は、孔明さんの質を求めて、見てくれを気にしないという性格を、よくあらわしてますね。