わたしは望まれてはいない。
だから、離れていこうと思った。
ただ、それだけのこと。
人の一言一言を気にするわりに、なかなか気づけない。
それはたぶん、どうしても、額面どおりに受け取ろうとしてしまうから。
好かれるような人間でないと知っていても、笑顔で親しげに話しかけてもらうと、いつだって嬉しくなってしまう。期待してしまう。
人は、心から思っていないことだって言う。
それが、社会生活では悲しいけれど必要な場面もある。
でも。
『ちゃんと心に思ってもいない事を、美しそうに優しそうに装って言える人の口、それから平気で暴言を吐く人の口には、大きくて赤いバッテンマークのシールでも貼ってあげようかと思う。』
岡崎さんの言葉。
本当に、大きく、大きく頷いてしまう。
ごはん行こう!
連絡するね!
あー楽しみ🎶
そう言われると、もう嬉しくて嬉しくて。
なかなか連絡がこないのは、返事がないのは忙しいから。
気を遣っているのかな。
そう思ってこちらから声をかけてしまう。
でも、また遊ぼう、は、べつに遊びたくなくたって言うよ。
むしろ社交辞令、礼儀なんだよ。
そんなことを聞いてしまうと。
言いようのない気持ちに襲われる。
声をかけられなかった理由。
それは体のいい言い訳で、実際は、なんて話を知ると。
身動きがとれなくなる。
わたしがしていたことは、迷惑だったのかな。
懐かれて、困っていたのかな。
だとしたら。
受け入れてくれたのは、ヤサシサでのことなら。
わたしからいくのはもうやめなくっちゃ。
これ以上、気を遣わせてはいけない。
毎回、そんなふうに思って。
沈んで、すこし離れて。
でも、あの笑顔が嘘なわけはない、
嫌いならわざわざ会うわけがない。
そう思ってすこし絡んでみて。
でも、どの子もヤサシイから。
そして疑うなんてできないから。
どうしていいかわからなくなる。
困らせたくはない。
一緒に笑いたいだけ。
我慢してもらうのは、お互いに苦しいことだから。
自分が求められてはいない場所に、
だれかの負担になってまでいても仕方がない。
たとえどんな役割でも。
必要とされたときにだけ、行けばいい。
…なんだか。
映画やなにかで、
ほかに好きなひとができてしまった恋人から離れようとしながらも、
離れられず都合のいい女になっていく、
みたいな話に似ているかもしれない。
いや、そういうことではなく。
見渡してみて。
あの子もあの子も、わたしが何でも真に受けるがために、困らせてはいないか。
勝手に友だちだと思っていて、迷惑をかけていないか。
わたしはひとり、そっと此処にいて、
どんな理由であれ、必要とされて、それが可能なことだった場合のみ喜んで出て行くべきなのかもしれないということ。
わたしは、本当のことだけを聞きたいし、知りたい。
見聞きしたものを疑わなきゃいけないなんて世も末だと思うし、
誰もが笑顔で喜びと感謝のうちに暮らせる世界をもとめて、
争うなんて馬鹿げたことはやめて、助け合うべきだと思う。
でもそれは、綺麗事だとか偽善だと嘲笑われることなのかもしれない。
優しくありたいと願いながらも、自分の感情のままに動いてしまうわたしがたまらなく嫌だ。
誰をも困らせない生き方なんて無理だと思う。
でも、誰をも不快にさせることのない人、いつだって笑顔を齎してくれる人というのもいる。
そうはなれなくても。
これ以上は、そう思ってしまう。
だから、今のわたしは、そっと立っていたい。
