葬儀や延命治療の希望などを生前に記入するエンディングノートへの関心が30代~40代にも広がっているという。書店にもエンディングノートを扱うコーナーが出来ているとか。震災以降、自分のもしもに備えてエンディングノートを記す人が増えているという。エンディングノートの書式は自由だというが、どのようなことを書くのだろう。

医療介護に関することなら、お医者さん、看護師さん、ケースワーカーが専門的専門的な知識を持っているのだろう。

財産に関することなら、弁護士、税理士、社会保険労務士、保険屋さんなどに聞けばよいのだろう。

死生観に関することは? かつては相談先ははっきりしていた。お坊さん、神父・牧師さん等、聖職者とわれる方々だ。

しかし、エンディングノートというネーミング自体が、「死んだら灰になっておしまい」という死生観を反映したものではないか。


まずは、『方丈記』より以下の一節を取り出してみます。

(養和の飢饉)
「又、いとあはれなること侍りき。さり難(がた)き女・男持ちたるものは、その思ひまさりて深きもの、必ず先だちて死しぬ。その故は、我が身をば次にして、人をいたはしく思ふ間に、たまたま得たる食い物をも、まづ讓るによりてなり。されば、親子あるものは、定まれる事にて、親ぞ先だちける。また、母の命つきたるをも知らずして、いとけなき子の、なお乳を吸ひつゝ臥せるなどもありけり。」

800年前の人々が飢え死に寸前の極限状態でどのように振る舞ったのかがわかる記述です。「たまたま得た食料をまずは愛するものに分け与え自分は先に死んだ。」とあります。不思議な優しさです。この文章に心うたれた私のなかにもこのような優しさがあるのかもしれません。歴史を通じて生き残ってきたものは、この不思議な優しさの方です。一方、富や知恵を豊富に蓄え永く生きのびられるはずの権力者は、みな滅んで行きました。

日本人はみんなと一緒が大好きだ。

そうしているときに、日本人の良さが発揮されるのだろう。

一億総○○などという言い回しが流行るのも、そういう日本人の特性を表しているのかもしれない。

鉄や船を作るというえば、世界屈指の製鉄会社・造船会社を作った。

自動車産業はアメリカのそれを凌駕した。

日本の半導体が世界を席巻した。

土地は必ず値上がりするという神話をみなが信じていた。

だから、日本の銀行は土地が担保であれば、いくらでも融資をした。

一方この20年で、これらの栄光が一つ一つ崩壊するのを目の当たりにしてきた。

そして、今日においては「日本の国債は絶対安全だ」という神話を信じている。FTは親切なことに日本の債券バブルに警鐘を鳴らしている。

将来確実に起こることの一つが日本の債券市場の暴落だという。

この新聞は、リーマンショックが起こるだいぶ前から、欧米の信用危機に警鐘を鳴らしてきた。

FTのいうように、国債市場の金利が急上昇するかどうかは別として、日本のすべての銀行が例外なく日本国債の保有残高を積み上げてきたという光景は、かつて日本のすべての銀行が程度の差こそあれ、土地を担保に無制限に融資を拡大していた姿と重なる。

昨今は、すべての日本人が銀行を通じて日本国債を保有していると言ってよい。一億総国債オーナーという状態だということを覚えておきたい。












FTを読んでいると、日銀の次期総裁について、あれこれ書かれていた。この15年の失策をみるともう日本人から選ぶは止めたらどうかと、冗談めいた論評も飛び出す始末。

「国際金融筋は安倍内閣で決まり」みたいな印象を与える記事だった。相変わらず欧米の方々は「私は正しい」というスタンスで日本にモノを言ってくるが、リーマンショックをみれば、彼がどれほど誤っていたのかは明らかだ。



大阪や滋賀から、脱原発・卒原発と大きな声が聞こえてくるのを尻目に兵庫県は今年9月、日本海沖に賦存しているメタンハイドレートの調査に踏み切った。ロシアからの天然ガスを原発の代替エネルギー源として掲げる政党もあるようだが、日本海で簡単に採取できるのであれば、これに超したことはない。

日本海にメタンハイドレートが豊富に存在していることが確認できれば、エネルギー面でメジャーの支配から抜け出すことも夢ではなくなる。本日のFT紙面でジョセフ・ナイ氏は、日本は一等国に留まることができるかどうかという懸念を表明していたが、独自のエネルギー資源の開発が成れば、その懸念も杞憂ということになるだろう。

むしろ、独自のエネルギー資源を原動力に日本が完全な独立を果たそうとするときに、太平洋の東から西から横槍が入りはしないか、懸念している。
軍産複合体という言葉がある。軍隊とその関連産業がタッグを組んで政府に軍拡を働きかけている姿をいう。
「軍事費を増やさなければ敵に命をとられますよ」
というのが、文字通り殺し文句というわけだ。
日本には軍隊がないので、軍産業複合体もないはずだが、三菱重工の株を少し持っているのでその辺のところを質問してみたい気持ちは持っている。

前置きはさておき、これと似た構造が医師とその関連産業にもあるのではないか。それを医産業複合体と呼んでみた。製薬会社や保険会社、という民間企業だけではなく、健康保険制度といった社会保険もこの医産複合体の一部ではないか。
この場合、「社会福祉予算を増やさなければ、○○に命を取られますよ」というのが殺し文句ということだ。

問題は○○の部分だ。ここを病気だと明言していない。
○○の部分が「老いと死」という漠然とした概念になっている。

「老いと死」の問題は社会福祉予算を増やしたところで解決など出来はしない。ちょうどこれは軍事費の増強で敵を殲滅しても平和は実現しないのと似ている。






『大往生したけりゃ医療とかかわるな』という本が売れているという。

京大出身のお医者さんが書いた本だ。

「自然死」を勧めている。特に繁殖期を終えた年寄りにとって自然死は最高の形だという。この本の49ページには次のようなことが書かれている。

<以下引用>

「自然死」はいわゆる”餓死”ですが、その実体は次のようなものです。

「飢餓」…脳内にモルヒネ様物質が分泌される。
「脱水」…意識レベルが下がる。
「酸欠状態」…脳内にモルヒネ様物質が分泌される。
「炭酸ガス貯留」…麻酔作用あり。

詳しくは次の章で述べますが、死に際は、何らの医療措置も行わなければ、夢うつつの気持ちのいい、穏やかな状態になるということです。これが自然のしくみです。

<引用終わり>

「絶食療法」を日頃横目で見ている私には「飢餓状態」がそれほど苦しいものではないことは”常識”となっている。絶食療法は、元気を取り戻すための療法であるため、「脱水」を避けるために細心の注意が払われる。絶食しかつ脱水となった人というのは見たことがない。
水分摂取が最重要事項の一つとして挙げられている理由は、そうしなければ、気持ちよく死んでしまうからなのかもしれない。繰り返しになるが、「絶食」は苦しくない。むしろ大変なのは、回復食を食べる段階で、戻ってきた食欲をコントロールするには、十分な経験を積んだ医師とそれをサポートする環境が必要となる。
医師と軍人、一方は人の命を救うのが仕事、一方は敵を殲滅するのが仕事。医師であり軍人でもある軍医というものもあるが、今回は軍医の話ではない。

医師も軍人も人の命を預かっている。自身の職責によって下す判断で、人が死ぬ場合もある。そして、その結果を直視しなければならない。救急医療の現場も戦争の最前線もそういう意味で似ている。

それ故に、医師にも司令官にも大きな権限が与えられている。
目の前の現実に対処するにあたって、会議で議論したり、誰かに相談している暇はないからだ。

医師は病気を制圧するのが仕事、制圧すべき相手が、伝染病のように原因がはっきりしていて、それを退治すればよいというモノであれば、これまでの医療の枠組みで十分対応できる。しかし、制圧するべき相手が、貧困や生活習慣病のようなものになると、医療という枠組みを超えた話になってしまう。「これは、医療問題ではなく社会問題だ。」そう悟って、作家に転じた医師もいるだろう、反政府活動に身を投じた医師もいるだろう。

社会問題を専門に扱うのが政治家と官僚だ。政治とは会議そのもの、官僚もその会議で決まったら動き出す。
チャイナの空母に初めてジェット機が着艦できた。

結構なことだ。

今のところ、チャイナが所有する空母は1隻のみ。

艦載機の用意もできていない。

空母打撃群を本格的に運用できるようになるのは、まだまだ先の話になりそうだ。

実戦配備に1隻、演習用に1隻、ドックでの整備を考えればさらに1隻、

どれだけお金をつぎ込むことになるのか、それまで中共の体制が持つのか?

いまの所、この空母の使い道がわからない。

想像力を働かせて考えついたのは、中共幹部の脱出シェルターとしての空母。

大陸の権力闘争に敗れた面々が、空母に乗って海外へ。

空母がお土産なら、台湾も暖かく迎えてくれるだろう。

基隆港に十分なキャパシティもある。

このようにして、台湾側に渡った空母は大陸の沿岸を遊弋して、

民主化勢力のバックアップ、旧勢力の掃討に役立ってくれるだろう。

今はガラクタ同然の空母も、日米海軍とデータリンクすることで、

東アジアに希望をもたらすピースボートへと変貌を遂げる。