新型コロナショック対策としての給付金支給は、多くの国民から賛同を得ているが、これに反対するバカも少なからずいる。

“給付金は生理的にムリ”のエセ積極財政論者を除くと、反対の理由は、「一律給付は不公平」、「将来の増税につながる」の二点に集約される。

『古市憲寿氏 国民全員10万円給付に「税金誰が返すかって言ったら…フェアじゃない」』
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200416-00000149-spnannex-ent
「古市氏は、国民全員への現金10万円給付に「分かりやすいとは思うんですけど、ただ今の案だと年金もらっている方とか公務員の方、つまり今回のコロナショックで収入が全く落ちてない人にも上げるって話なんですよね」と指摘。
 そして「結局10万円配りました、何十兆円かかりました。でその税金誰が返すかって言ったら、今働いている我々が10年間とかかけて返していくわけじゃないですか。ということを考えるとちょっと何かフェアじゃないんじゃないかなって思っちゃうんですよね」と自らの考えを話した。」

『杉村太蔵、10万円一律給付に大反対…「私は5人家族で50万円。一方で派遣切りにあった独り暮らしの方は10万円…強烈な格差を生み出す」』
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200419-04190045-sph-soci
「元衆院議員でタレントの杉村太蔵は、10万円給付を「生活支援策としても景気回復策としても大反対です」と明かした。
 その理由を「例えば私。今こうしてテレビで使っていただいている。生活に影響ありません。この私にですよ、うち家族5人ですから杉村太蔵に50万円」とし「一方で派遣切りにあった、収入が半分以下になった、そういう派遣の方は残念ながらなかなか結婚できない独り暮らしの方が多い。こういう方は10万円なんです。国民全員に配るのは公平なようで強烈な格差を生み出す」と持論を展開した。
 さらに景気回復面でもこうした対策で将来、増税される懸念を示し、富裕層も「お金を使わないように働く」と指摘した。」

古市や杉村らのような痴れ者は、あたかも年金受給者や公務員が“高所得者”のようなレッテルを貼り、彼らにも給付金を配るのかと、庶民のルサンチマンを煽る。

だが、データを確認すると、国民年金の平均受給額(H29)は月5.6万円、厚生年金で月14.5万円、国家公務員の平均年収は686万円でしかない。

こんな程度で高給取り呼ばわりされるほど日本は落ちぶれたのか?

年金額が月14万円なんて、学生が塾講師のバイトを少し頑張れば届く程度の水準だし、年収700万円を切る年収なら、住宅ローンを抱えるとあっという間に家計は逼迫するから、とても贅沢などできまい。

生活に汲々とする老人や、しょぼくれ公務員を槍玉に挙げて、「こんな奴らにもカネを配るのか? 給付金なんて無駄じゃないか?」と支給を渋るのは、心根が腐りきった卑しい守銭奴の発想だ。

また、派遣切りに遭った不幸な人と高給取りが同額でよいのかと足を引っ張るのもいかがわしい考えだ。

こういう正論紛いの愚論を吐く連中は、「不幸な人に配る金額を大幅にアップしよう」とは絶対に言わない。

所得水準を考慮しない一律給付が不満なら、「派遣切りに遭った人には100万円、コロナで仕事が減った人には70万円、その他一般には30万円」といった具合に、不幸度合いに応じて手厚くサポートする提案をすればよいだけだが、守銭奴どもからこういった前向きな提案が出てきた試しがない。

何のことはない。
「財政再建を忘れたのか? 給付金なんて無駄金を配るのは一切反対」というのが彼らの本音で、派遣切り云々なんてのは、給付金に文句をつけるための方便に過ぎない。
それを証拠に、杉村の口から、派遣切りに遭った方々の救済策なんて聞いたことがないのだが?

古市や杉村は、国家運営に必要なカネはすべて税金で賄うべきものと思い込んだ挙句に、国庫を自分たちの財布と混同し、政府がカネを使うと自分の貯えが減ってしまうかのように勘違いしている。
彼らは、極めて前近代的な財政観や貨幣観から一歩も進化できなかった化石脳の持ち主で、経済の基本を一mmも理解していない。

先カンブリア紀並みの化石脳から出てくる発想は、「いま配る給付金は、将来の増税で返さないといけない」という陳腐な倫理観だ。
国が出すお金は必ず国民が税で返還すべし、なんて馬鹿なことをやっていたら、市中に出回るカネ(売上や収入になるカネ)の量が恒常的に不足し、慢性的なデフレ不況になることくらい想像できぬのか?

守銭奴どもは、
「給付金は、政府が国債増発や貨幣増産で賄った財源を国民へ一方的に配布するだけでよい」
「給付金で使った歳出を返済してはならぬし、ましてや増税などもってのほか」
「将来の増税をちらつかせるのは、需要喚起策として行う給付金の趣旨を否定するもので問題外」
という認識をいま一度確認すべきだ。

加えて問題なのは、今回のコロナ対策に絡めて、国会議員の連中や一部の自治体の首長が、自らの報酬削減のパフォーマンスを見せびらかしていることだ。

“国民に我慢を強いるには自らの身を切る”
“なけなしの自治体予算から休業補償金を捻出するのに自らの報酬を一部返上する”
という、いかにも我慢好きな日本人好みのパフォーマンスはまことに見苦しくくだらない。

自治体のトップが身を切れば、やがて職員(公務員)の給与削減に話が及び、公務員の給与削減は関係団体や中間団体の職員カットにまで波及する。

特に、地方行政においては、自治体、自衛隊、警察官、消防署、商工団体、農協、漁協ほかの給与水準が横並びで、それらが一律削減となると、たちまち地域の購買力が脆弱化し、町村の小売店や飲食店は干上がってしまう。

ただでさえ、コロナショックで売上が80~90%減なんて店がザラになるのに、この上、地方の主な消費層である公務員や中間団体の購買力が落ちてしまえば、コロナ後のV字回復など絶対に無理だし、それどころか、不況の二番底、三番底へと墜落するしかない。

需要不足に対処するのに、その源泉たるカネや消費を減らしてどうする。

身を切るパフォーマンスは需要をさらに悪化させるだけの悪手であり、特に不況期では絶対禁止のご法度である。
我慢ごっこや身を切るごっこは、何の意味もないどころか、事態を悪くするだけの愚策でしかない。

歳費削減や報酬削減など無用。
政府や自治体は、とにかくカネを使うことに専念すべきだ。