2016年のオリンピック招致レースは、報道のとおりリオデジャネイロに決まり、東京は2回目の投票で敗れた。


 リオに決まったのは下馬評どおりで、個人的には何も驚かなかったが、東京の招致関係者から、落選したことが信じられないという趣旨のコメントが出ていたことにむしろ驚いた。


 2008年にアジア(北京)でオリンピックが開催されており、これまでの慣例から、アジアに順番が回ってくるのは、少なくとも2024年以降ぐらいじゃなかったか。既に東京は1回やっており、インドや中東諸国など、他のアジア諸国を差し置いてまでという雰囲気もあった。因みに、近代オリンピックでは、アテネ、パリ、ベルリン、ロンドン、ロサンゼルスで複数回開始されており、中でもロンドンは次回(2012年)を含めると4回目にもなり(ちょっとやりすぎ)、いかにもIOCが欧州偏重なのが判る。しかし、オリンピックやサッカーのW杯などは基本的に興行であり、世界各地域を順番に回るという考えが根底にある。よって、南米初の開催という大義名分が通りやすいリオの当選は順当な結果と思う。


 そもそも国内の候補地選考レースの段階からあまり盛り上がってなかったのに、いよいよ最終選考となると、またもやマスコミ連中から、やれアメリカは大統領夫妻が精力的に動いている(結局最下位だったが…)、ブラジルはペレが、スペインは国王が出てきたなどと騒ぎたてた挙句に、日本の首相の現地入りが遅かったとかロビー活動(IOC選考委員への媚売り)が足りないなどと批判が始まったのには呆れた。


 昔、モスクワやロス五輪が開催されたときに、東西諸国が互いにボイコットし合ったのを批判して、“オリンピックに政治を持ち込むな”と叫んでいたのは誰だったのか?今回の東京の落選を分析して、政治のバックアップが足りない的なコメントをしていた連中はどう考えているのだろうか?


 それにしても、敗色濃厚であった招致レースに150億円(+αもあるらしいが)も使った能無し知事やそれにぶら下がった周囲の連中には、ほとほと呆れる。これは明らかに無駄金であり、これだけの資金を仮に選手の育成強化費に当てることができれば、相当なメダル獲得につながるのではないか。金の使い道について、AかBかではなく、AもBもというのが私の基本的なスタンスである。しかし、これまで地域の疲弊分を吸収する形で散々肥え太ってきた東京にこれ以上恩恵を与える必要はないこと、素人銀行(新銀行東京)の失敗を糊塗しようとする能無し知事の浅はかな考えが気に食わないことから、敢えてこう考える。