言葉と音で綴る 素敵LIFEダイアリー from 神戸 -34ページ目

言葉と音で綴る 素敵LIFEダイアリー from 神戸

言葉や音に思いをのせて。
心を、毎日を豊かに。

これまでピアノから学んできたことや、日々の気づきなどを綴っています。

ここのところ、


職場にいる間も、
家に帰宅してからも、


寝ても覚めても
仕事のことが頭から離れず。


プラス思考でいくと、


それだけ今の仕事に夢中になっている


ということになるけれど、


あまりにも頭の中が
仕事のことだけで
パンパンになりつつあった。


それはそれでよいのかも知れない。


いや、よくない。


私の場合は、バランスが必要。


視野が狭くなってしまいそうに
感じられた。


その他にも、近頃、
スマホとパソコンに接する時間も長い。


スマホやパソコンは、
すぐに必要な情報を得られて便利だ。


それと同時に、
求めていない情報まで、
大量に否応がなく入ってくる。


このままで、いいわけがない。


本来、大好きな自然の中に身を置いて、


そこから感じるものを大切にしたい。


感覚を取り戻す。
感覚を研ぎ澄ます。


「感覚のメンテナンス」が
必要ではないか?


「予定はない」ものの、


突如、仕事をしながら


明日、休もうかな、
いや、休みたいかも?
いや、休みたい。
休もう!


と、なり、


急ながら休みをとって、
神戸の街に繰り出すことにしました。


フリーペーパーや地元誌を見て、
行ってみたいと思っていたところへ
行こう。


そういえば、ここのところ、


仕事中も意識しなければ、
ずっとイスに座りっぱなしで、
運動不足気味。


また、この時期はいつも、
むくみ太りしやすく、
体が重くなりがち。


スタイルいいね!と、
異性や同性の方からよくお声がけいただくようになったけれど、


それに甘んじて、
何もしなくなったら、どうなるかは
目に見えている。


内に籠もらないで、
外の世界を見よう。


スマホやパソコンばかり見ていないで、
生の世界を見よう。


何もしなくてもいい。


ただ、そこにいるだけで、
何かを感じ、受け取るだけでもいい。


外の世界は限りなく広く、新鮮で、
豊かだ。
















5月末。


ガラガラになった職場の執務室内で
留守番をしながら、


ふと、


去年の同じ日に、


意識がタイムスリップした。


そういえば、


1年前の自分、どんなだったかな?


公私ともども、


1年前と、その1年後の今の自分とを
比べてみる。


どうだろう?


状況や環境は変えられないものと、
以前は思っていた。


自分が変われば変わると
よく言われるが、


自分の物事の捉え方や物の見方、
受け取り方を変えれば、
良くも悪くもなる。


と、今は身を持って実感している。


個人的なことで恐縮だが、


まず仕事は、去年より
遥かに充実している。


業務量増大、常に締切に追いかけられ、
嬉しい悲鳴をあげてはいるが、


自分が会社の中で役目を果たせている感


というものを、得られるようになった。
すごく恵まれているし、
ありがたいことと感謝している。


プライベートはどうか?


こちらも、そこそこ充実している。


これまた、自分では、


わたしは「ひとり」でも全然平気だ!


と、以前は思っていた。


でもそれは、


ただ単に、自分にそう言い聞かせ、
「そうなのだ」と、
自分で自分に課していたのであって、


ひとりで過ごす時間も必要だけど、
実はそうではない。


ということに、
この1年の間に気づき、認めた。


それでも、


「信頼」「自立」「自信」があれば、


ひとりでもスッと立っていられることを
知った。


そう、それは


自分に対する「信頼」「自立」「自信」
があれば。



この1年、いろいろあったなぁ。


いろいろあっても、
なんだかんだ、


いいコトたくさん起こってるし、
結果オーライだし、いいんじゃない。


と、思いながら、


皆の帰りを待っていたのでした。









































端から見ていると、


ラクそうに見えるかも知れない? 


はたまた、


あたかも「お遊び」のように見えてる?


実際のところは、


すごく細やかな作業で、


ものすごく神経を使っていて、


かつ、


すごく真剣にしている。


そんな仕事がある。


締め切りに間に合わせないといけないし、


かつ、精度も高くなくてはならない。


限られた時間の中、


その他諸々のことにも追われつつ、


これでいく!


と、思い切ってgoサインを出す。


それで、


不安が全くないのかといったら、


正直、そうと言い切れる
自信もない。


そんな中、


すごくありがたかったのは、


温かい労いの言葉。


特に、


過去に類似の仕事を
されたことのある方は、


本当にやさしい言葉をかけてくださる。


その仕事の大変さを
身を持って経験済みだから、


我が身のように
分かってくださっている。


心の奥から沸き上がってくるものを


必死でこらえる。


苦労をして、


心に傷を負ったり、


辛い経験をした分、


人の心の痛みが分かるようになる。


本当にそうではないかと思う。











人様の前での
ピアノ演奏の機会が近づくと、


必ず行うことのひとつが、


録音です。





今はもっと性能のよい
ICレコーダーが出回っているのだと思いますが、


このICレコーダーに
そんなに高性能な機能を求めてはいない。


弾きながら自分が出している音を
聴いてはいるけれど、


それは、その音1つひとつであったり、
「スポット的な音の把握」留まりで、


全体的に曲のまとまりが
どんな感じになっているか、


どういうふうになっているかまでは、


第三者的に演奏を頭から最後まで
通して聴いてみないと分かりません。


この作業をするのが、
どんなに間際になってしまったとしても、


一度、自分で自分の演奏を
第三者的に聴かないと、


とても人様の前では弾けません。


どんな風に聴こえているのかが
分からないからです。


なので、割りと早めの段階で
この「反省会」をしても
一見良さそうな気がしていたときも
ありましたが、


それではあまりに、


自分の中で思い描く音楽像から
あまりにかけ離れ過ぎていて、


モチベーションダウンに
つながる気がし、


結局、ある程度の段階にきてからという
今のスタイルになりました。


第三者的に聴くと、


今の課題も明確化し、
練習の際の道しるべともなり、
より有効な練習が可能にもなります。


同時に録音は、


あらゆる意味で、


客観視を持つことの大切さを
教えてくれているようにも思います。


奥が深いです。













日々はあっという間に過ぎていく。


ボーッとしていたら、


大切なことをサラッと
見逃してしまいそうなほどに。


それは、イコール、


ある特定の日も、


刻一刻と
迫ってきているということだ。


自分も弾く、コンサートの日。


いくら貸切の、
身内ばかりのコンサートだからと言っても、


いい加減にできないし、
いい加減にしたくないし、


やるからには、やる。が、信念だ。


ピアノをしていて今回初めて、
「棄権」の二文字が頭をよぎった。


この状態では、とても人様の前では
弾けない。


失礼になるんじゃないか。
先生にも、先輩方にも、
お客様にも、作曲家にも。


先月、


もうダメかも。


と思うほど、ピアノに向かえず、


まさか、これから先、
ずっとこんな状態だったらどうしようかと思ったけれど、


ようやく目処がついてきた。


練習環境ちょっと復活!


やっぱりピアノを弾いてるときが、
1番、「今のそれ」に集中でき、


弾くことに全神経を使っているので、


ピアノを弾いている間は、


ピアノを弾いているという
事実以外のことは、
完全に頭から抜けている。


こういう時間が、
自分にはやはり必要。


と、改めて思っています。


やっぱり、


この世の中にある物事で、
1番夢中になれるものはピアノなのだと。


ピアノに向かっていたら、
あっという間に時間が過ぎている。





遂に、楽譜の端っこが破れた。


進捗状況はスローでも、
何もしてきていないわけではないし、


まだ、諦めるのは早い。


めげずに前を見て進もう!