言葉と音で綴る 素敵LIFEダイアリー from 神戸 -27ページ目

言葉と音で綴る 素敵LIFEダイアリー from 神戸

言葉や音に思いをのせて。
心を、毎日を豊かに。

これまでピアノから学んできたことや、日々の気づきなどを綴っています。

最近、


本屋さんで自分の仕事関連の本を見つけ、
読みたいと思った本は


片っ端から購入し、
読むようにしています。


社内で
わたしの担当業務分野に関する
研修などの場はないため、


自分でスキルアップや研鑽を
図っています。


◯本を探して読む
◯ネットで調べる
◯より専門性の高い方のブログなどを
読ませていただき勉強する


などしています。


1番、重要視していることは、


その担当業務に関する
自分の考えや、


日々の業務において
自分の中で判明した課題と
その対応策などを
ノートにまとめることです。


やはり、文字で書いて落とし込む
「見える化」をすると、


日々、自分が考えていることが整理され、
より明確になり、


問題解決に向けて
行動しやすくなります。


「ない」と嘆くのではなく、


自分でできることをやる。


とてもシンプルです。


かれこれ通算9年近く、
一部業務については
途中、数年離れていたこともありますが、


ずっとこの方法でしてきたんだと、


「経験」を過信せず、


「経験」にも助けてもらいつつ、


今の目の前の状況に応じて、
対応方法を柔軟に考え、実行する。


また、最新のあれこれも
勉強して知識として蓄え、


然るべき機会が巡ってきたときに
生かす。


同じ「仕事」でも、


時代の変化とともに、


いろいろな面で変化していくもので、


いつまでも「同じやり方」に
囚われていては、


発展性は望めません。


なにより、


自分自身もさまざまな経験を通して
変化していっており、


より良い方法と思われる方法が
思いついたりと、


自分がいつまでも「同じ」であろうと
していなかったりする。



さらに専門性の高い、
質の高い仕事ができるようになるために。


「蓄えのとき」のようです。

























私は、

キリスト教の中学・高校に通っていました。



週に1回、礼拝の時間が設けられ、

時間割にも週に1時間、聖書の授業がありました。



イースターやクリスマス、バザーなど、

キリスト教精神の下、行事を大切にし、

のびのびとした自由な校風の学校でした。



さらに遡ると、幼稚園もキリスト教。

なぜかご縁が多いキリスト教。



お昼ごはんをいただく前のお祈り、帰りのお祈りと、

日々の生活の中に祈りの時間がありました。



年長組に上がると、

クリスマスシーズンには“聖劇”をしました。



これは、イエス・キリストの誕生前から誕生後少しまでのストーリー

降誕を劇にしたもので、主役はマリア様とヨセフ様です。



ちなみに、私がした役は

天使・ガブリエルその4(←4人でセリフを分担)でした。




短大1回生のときの、

梅雨の時期だったかと思うのですが、



ピアノ実技のときに、

夏休み明けにある門下生発表会で何が弾きたいか?




という話題になりました。



恩師「あなたは、何か弾きたい曲ありますか?誰の曲を弾きたいとか。」

私「リストの曲をしてみたいです!」

恩師「リスト?そうねぇ。」



と、恩師が書棚の前でしばしじっとされ、

出してこられた曲は、




リストがピアノ用に編曲したバッハのオルガン曲、

バッハ=リスト プレリュードとフーガ BWV543 イ短調 でした。



恩師「あなた、キリスト教の学校出てるんだから、バッハのことはよく分かっているでしょう。」

とニコニコしながら仰られました。



バッハアレルギー真っ只中の私。



リストが編曲した曲ではあるけれど、

中身は完全にバッハ。



フーガを見ると、モロにポリフォニー。

これは大変なことになった!と思いました。



そんなある日、母校に行く機会がありました。

放課後の母校。



ふと、チャペル内を外から覗いてみると、

オルガンの横にアップライトピアノが置かれていました。



母校のチャペルは、

元は集会室として使われていた広めの教室を

改装してつくられたものです。



設置されているオルガンは、記憶は定かではありませんが、

確か鍵盤が2~3段、足鍵盤つきのものだったと思います。



ちょうど、チャペル内には誰もおらず、時間帯も放課後だったため、、

練習させていただこうと思い、

アップライトピアノに向かい、バッハ=リストを弾き始めました。



天井は、普通教室より少し高い程度ですが、

室内がチャペル仕様だからか、そこそこ響きます。



チャペルで弾いてみて、



ここの箇所は、こういう音楽だったのか!」

と、発見がありました。



その間、チャペル内には、

オランダで研鑽を積まれた経験のあるオルガニストであり、

同じく母校の卒業生である先輩が中に入ってこられていました。



ひととおり、バッハ=リストを弾き終えたあと、

先輩は、元々オルガン曲であるのに、よくピアノで弾けるねと、

話しかけてくださり、オルガンに転向しないかと仰ってくださいましたが、




オルガンへの転向は丁重に辞退してから、

曲についてご相談したところ、

オルガニストの視点からアドバイスをしてくださいました。



そのあと、リクエストして、

オルガンを弾いてくださるることになりました。



曲は、J.S.バッハのトッカータとフーガ BWV565 ニ短調
そうです「♪ティラリー ティラリラリーラー♪」で超有名な、あの曲です。



コンパクトなオルガンとはいえ、

オルガンの荘厳な響きを生まれて初めて生で聴き、

しかも目の前で弾いてくださっているなんて、

大感激でした。



このときの経験から、バッハを弾くときは、



大聖堂にあるパイプオルガンの響きをイメージして、

自分も大聖堂で弾いている




というイメージを心がけています。




ピアノでパイプオルガンの響きを表現するには

どうすればよいか




と、言った方が良いかも知れません。



その曲のルーツをたどってみると、

思わぬ大きなヒントが見つかるかも知れません。






お世話になっている調律師の方は

今のピアノに買い換えてから17年お世話になっています。



調律の所要時間は、

大体1時間30分から1時間45分程度です。



調律→整調に進み、



掃除機の音がしたら、

「あと15分20分くらいで終わるな」と分かります。


自分では、

「さぞや音も下がっているだろう」

と、思いつつ、



実際に、調律が始まってから

耳を澄ませて音を聴いていると、

 

音がギュイーンと上がっていく様子が聞き取れると

「ああ、予想どおり、まあまあ下がっていたな」

と、確かなる確信を持つことができるものです。


調律の際には、




練習中にピアノの中に落としたもの、鉛筆等を

出していただくこともあります。


学生時代に受講していたピアノ構造論の授業で、

ピアノの鍵盤の蓋の開け方を習っていますので、

自分で取り出しても差し障りのない場所でしたら自分で取るのですが、



鉛筆が弦に当たることはないけれど、

自分では取れない場所にある場合は、調律師さんにお願いしています。



今は、モノ落下防止の板も販売されています。

便利グッズが豊富になりましたね。



ピアノの鍵盤の蓋は、自分で取り外しはできるのですが、

ピアノ本体と蓋の金具がスっとはまりやすければ問題ないですが、



なかなか上手くはまらないと、

金具がピアノ本体に当たって、木の粉がボロボロ取れてきて、

ますますはまりにくくなってしまったりと、

悪循環に陥ることがありますので、



自分では触らず、

プロの調律師さんにお願いするのが、

一番安全かと思います。



あと、弦ですが、




私はピアノ歴28年の中で、唯一一度だけ、

高音部の細い弦を1本切ったことがあります。



ショパンのスケルツォ第2番を弾いていたときに、

高音の「ファ」を弾いた瞬間に「ツッ」と鈍い音がし、

音が出なくなってしまいました。



そのときは、早めに調律師さんに来ていただいて、

弦を張り直していただきました。



お値段も高音部の細い弦でしたので、

5千円程度で済み、ホッとした覚えがあります。



弦の張替えについて、調律師さんにお聞きしたところ、


弦は“消耗品”なので、

ある程度の年数が経つと弦がだんだん伸びてきて、

どうしても金属音が気になるようになってく



のだそうです。



オーバーホールするのがベストですが、


お財布の事情的に大変ですので、

高音部のみ張り替える方もいらっしゃるそうです。



私のピアノは、まだ当分は大丈夫ですよ、とのことでした。



ピアノもメンテナンスをしてお手入れしてあげることが

大切ですね。







関連記事


ピアノの大動脈☆Let's study ピアノ構造論

http://ameblo.jp/kobemuse-e/entry-11981446035.html
鍵盤の蓋でパニック?!Let's study ピアノ構造論・番外編

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年に1回、

ピアノのメンテナンスである調律をお願いしています。



音大受験生時代は、

半年に1回のペースで調律していただいていました。



我が家では、

昔からピアノの調律の前日に必ず実施することがあります。



それは、『大掃除』です。



年1回の調律ですし、調律師さんには、

できる限り、音作りに集中できる環境をご提供した

という思いがあります。



そのためには、音を響かせられるよう、

部屋からはできる限りのモノをなくす

必要があります。



モノが部屋の中にあると、



モノが音を吸収してしまい、響きが弱くなります



これはこれで、

ある意味防音効果があるので良いのですが、



調律のときばかりは、

そういうわけにはいきません。



そのような訳で、まずは、部屋の整理整頓。

その後、掃除して、

仕上げは、ピアノ磨き。



総仕上げは、当日の朝、

「撤去すべき物」を完全に部屋から追い出すなり、

どこかへ隠すなりすれば完成です。



今、ピアノがある部屋は、

私のパーソナルな生活空間であり、音場でもあります。



部屋のスペースや収納スペースには

限りがあるので、仕方のないことですが、



普段から調律時の部屋の状態であることが

本当はベストで、




その状態がわたしにとっての部屋の整理整頓の完了系では

なかろうかと思います。




少しずつでも理想に近づいていこう。






短大1回生のときに受講していた

指揮法の授業でのことです。



関連記事はこちら。呼吸とピアノの関係☆ブレスしてますか?

http://ameblo.jp/kobemuse-e/entry-11899794084.html

 


先生は、ハウエル先生というイギリス人の先生で、

言語は、メインは英語でプラス、カタコト日本語での授業でした。



私たち学生は、

メインは日本語&ボディランゲージにカタコト英語。



私自身も、英語はしゃべれません。

オーバーボディランゲージと日本語がメイン。

あとは、中学生レベルの英語が少し。



それでも、指揮法の授業が大好きだった私は、



同級生の仲良し3人組で、

100名以上が入っている大教室の最前列の席

(といいましても前から1列目と2列目は空けていたので、実質前から3列目)

で授業を受けていました。



教育助手の方のピアノに合わせて、

ハウエル先生の指導の元、指揮棒を振ります。



また、ハウエル先生がセレクトされた、

教育助手の方が弾かれる曲もすごく良かったんです。



始めは、ベーシックな打法から教わり、

間接運動しゃくいへと進んでいきました。



私がつまづいたのは、その次に教わった分割法でした。



この頃になると、指揮棒の動きは、

結構“にわかコンダクター”っぽく、



規則正しく同じ動きを繰り返すのではなく、

弧を描くようにしつつ、うねうねと指揮棒を動かします。



その、うねうねと動く指揮棒のルートに全くついていけず、

悪戦苦闘していました。



私は、最前列にいる学生、

当然、ハウエル先生が意味不明な動きをしている私に気づかないわけがありません。



じーっと、私を観察するハウエル先生、何かに気づいた模様です。



先生「Oh,no~アナタ、動き、全部、逆ね!」

私「Why?」

先生「Hmm,are you rigth handed?」

私「I am southpaw!」

先生「Wow~!」



そうです、私は、左利なのです。

ハウエル先生は右利きで、他の学生も右利きの学生が大半を占めていました。



ハウエル先生から見て、

私は先生とは対称的に指揮棒を動かしていました。



そのため、複雑な動きになってから

授業についていけなくなってしまっていたのです。



そこで、ハウエル先生は、



私の指揮棒の先を持ち、指揮棒を動かして、

指揮棒の動きの軌跡を教えてくださいました。



併せて、同じ授業を受講している学生で、他にも数名いた左利きの学生は、

なるべく前方の席で授業を受けるよう指示されました。



また、イギリス人のハウエル先生にとって、

大阪の夏は半端ない暑さ。



気温が上がってくる頃から、ご自身専用の扇風機を持参され、

いつもMAXの風力で扇風機を回しておられました。



また、冷房が入るようになってからというものの、かなり低い温度設定で冷房をつけていました。



そうです、私がいつもお腹を壊していた授業は、

この指揮法の授業です。



温度調整にご用心。

http://ameblo.jp/kobemuse-e/entry-11899263076.html



お恥ずかしい限りですが、

「恥ずかしい!」とか言ってられるような状況ではなかったので、



「もうダメ!!」というときは、授業を抜けて、お手洗いへ…。


あと、ハウエル先生の授業を通して感じたことは、




音楽は世界共通語である』ということです。



楽譜を含めて、音楽に言葉の壁はないんだな、と実感しました。



英語は分からないけれど、

音楽の音を通してであれば、なんとなく思いが伝わってくる



素晴らしいことだと思います。



それにしても、国際化が進む昨今、

英語はもう少しがんばって話せるようになりたいと思う今日この頃です。