言葉と音で綴る 素敵LIFEダイアリー from 神戸 -26ページ目

言葉と音で綴る 素敵LIFEダイアリー from 神戸

言葉や音に思いをのせて。
心を、毎日を豊かに。

これまでピアノから学んできたことや、日々の気づきなどを綴っています。

先日、


中学・高校の
学年の垣根を問わない同窓会、
ホームカミングデーに参加してきました。


台風上陸前の
雨降りの天候ではありましたが、


高等女学校時代に
在学されていた方や、


ご退職された恩師の方々なども
ご出席されていました。


わたしも母校に戻るのは
久しぶりで、


同じ神戸市内とはいえ、
卒業してから年数が経つに連れ、


これといった目的がないと
足が遠のいていくものなのだなと。


それだけに、


久しぶりに母校に行き、


今の自分の考え方や
物事を考えるときの方向性、
あるいは行動等は、


中学・高校時代に培われたものが
ベースになっている。
もしくは、なっていた。


ということに
改めて気付きました。


中学・高校時代は、
学校で「育てていただいた」
と言っても過言ではないほど、


1日の約半数近くの時間を
学校で過ごしました。


この時期ならではの
進路に関することや、


その他いろいろなことに悩みつつ、


母校で吸収してきた様々なことは、


仕事やプライベートにおいて
今、活かされていると思います。


学んでいてよかったと思うことや、


女子校ならではの校風から受けた影響
などなど。



なによりも、


親友と出会えたこと、
部活で苦楽をともにした同級生、


兄のような父のような母のような、
そのときどきを支えてくださった
恩師との出会い、つながりは、


一生ものの、最も大切なものです。


今でも辛いときなど、


在学中に辛いときにいただいた
言葉が


今もわたしを
支えてくれることがあります。


大きな存在だったのだなぁと、
改めて実感した
ホームカミングデーでした。


母校は第二のふるさとです。




















































この週末3日間、
珍しく雨天が続きました。


せっかくの秋の行楽シーズンには
もったいない天候となりましたが、


めっきり気温が下がって
肌寒く感じるほど、
秋が深まりつつあるように感じられます。


さて、この週末、


我が家に親戚の叔母が
泊まりに来ていました。


今回、叔母から
「これでもか!」というほど
学んだことがあります。


それは、


いわゆる巷でいう「女子力」です。


わたしは、いつの頃からか


30代の自分に対して
「女子」という言葉を使うことに
抵抗を感じるようになり、


近頃は「女子」という言葉を
あまり使わなくなりましたが、


他に表現が分からないので、
ここではとりあえず、
「女子力」としておきます。


「女子力」を感じたこと①
◯お料理の盛り付けの丁寧さが見るからに
感じられる


叔母は昔からお料理が上手で、


子ども時代、お泊りに行った際、
叔母の手料理をいただくことが
楽しみでした。


我が母も手作りで料理を
つくってくれていましたが、


正直なところ、叔母の手料理の方が
わたしには合っていました。


食べにくい食材も
食べやすいようにするなど
すごく細やかに工夫してくれて、
味もナイスだったのです。


今回はうちに泊まりに来ていたので、
我が家がもてなす側でしたが、


帰りが遅いわたしにと、
叔母がお刺身を取り分けて
置いてくれていたのですが、 


その盛り付け方を見ただけで、


「あ、叔母がしてくれたんだな。
やっぱり、何か違うな(すごいな!)」


と、思いました。


しかも、笑顔で
「えりちゃんの分、置いといたでー」
と言われたら、


疲れていても食べずにいられなくなるに
決まってるではありませんか!


ダンナ様が早く帰りたくなる家って、
こういうことなんだろうなぁ、と。


料理はやっぱり大事です。


「女子力」を感じたこと②
◯手先が器用で、自分でいろいろ手作りができる。


叔母は手先が器用で、
昔から手芸が得意でした。


幼稚園で着るスモックや
手提げかばんを作ってくれました。


今はトールペイントをはじめ、
木工大工もし始めて、


家のまわりの木の柵や、
調味料入れの棚、
壁に引っ掛けるものを作ったり、
ペンダントなどアクセサリーや
リース、その他諸々、色々作ってるそう。


フルタイムで働きまくってるのに、
一体、そんな時間はどこにあるの?!
と、思うほどですが、
とても楽しんでいるよう。


まさか、電ノコまで家にあるとは。。


「女子力」を感じたこと③
◯「フワフワ」であること


朝といえば、


いつも1分1秒を争う「戦い」です。


朝は声も恐ろしく低く、
テンションダウン気味。
さらに平日となると、
職場への「出陣」前なわけで。


が、叔母は違った。


朝、わたしがリビングに向かうと、


「えりちゃーん、おはよー↑↑↑」


かわいい笑顔で高ーい柔らか〜な声で、
フワフワ〜とした感じで
言ってくれて。


「叔母ちゃん、めっちゃ女子やん!!」


と、即反応しました。


めっちゃフワフワやん!
このフワフワ感、たまらん!


毎朝、こんな感じなら
どんなに良いことだろう。


わたしが男性なら
叔母みたいな女性と結婚したい
と、思いました。


こう思う地点でわたし、オトコか?!
と、自分で自分にツッコミ。


知らず知らず、「男性化」してたのかも。
反省しました。


フワフワ感、大事です。


また、叔母、
泊まりに来てくれないかな。


それか、機会があったら
泊まらせてもらって、
叔母からいろいろ教えてもらおう。


























 

真実は、すべて目の前にある。



わたしが
このように思えるようになったのは、


実は、つい最近のことです。


何かあると、


つい、というか、


なぜか、


良からぬ方に
想像を巡らせてしまって、


ひとり悶々としてしまうところが
ありました。


きっと、


幼い頃の体験などの積み重ねで
このような思考グセがついたのでしょう。


なぜか、良からぬ方に考えてしまう。


でも、


その「良からぬこと」は、
ただの自分の勝手な想像でしかない。


本当は、


想像しているような
「良からぬこと」ではない。


ということを体感できる経験を
積み重ねていくことで、


この思考グセから抜け出し、


今、自分の目の前に起こっていること、


もしくは、


今、自分の身に起こっていることが、


真の真実である。


ということを信じられる精神と、


事実を見極められる目を養えば、


勝手な想像をして悶々とすることなく、


ただ、「事実」をそのまま
受けとめられるようになるのではないか


と思います。
























仕事をしている中で、


心掛けていること。


わたしの場合は、まずはじめに、


感謝の心を忘れないこと


を、挙げます。


仕事で、


人様にお願いごとをする場面が
多々ありますが、


それらは、


仕事だから、
してもらって当たり前 ではない


と、思っています。


それは、


お願いをした方の時間を
いただくことになるし、


その時間は、本来、
その方の仕事の時間であるからです。


また、


いろいろ考えたり、
お手数をおかけしたりもします。


ちょっとしたことでも然り、です。


その方でないとできないこと、
分からないことなので


それをお願いして
していただくのですから、


して「いただいた」ことに対しては、


なんでも「ありがとうございます。」
なのではないか


と、考えています。


そのため、


お願いをして、
何かをしていただいたら、


「ありがとうございます。」


をお伝えするよう心掛けています。


お願いごとをして


してもらったら、


そのままに、しない。


仕事でも、プライベートでも。


とても素敵な言葉です。

















少々、赤裸々な話題ですが。


最近、わたしの身の回りの女性と
話題によくあがるテーマは、


ズバリ、


体の線、ラインです。


体型そのものの線も然り、
各パーツごとの線も然り。


異性からの視線よりも、


案外、


同性同士の方が
よりしっかりチェックしているかも
知れない。


と、思うほどです。


◯ふくらはぎに筋肉の線が入っているのがいい。
◯二の腕に筋肉がついていて、線が入って割れているのがいい。
◯肘から手首にかけての腕に線が入っているのがいい。
◯ウエストのライン。
◯腰のライン。
◯背中の真ん中の線。
◯デコルテのライン。


等々、


実によく見ておられ、


チェックポイントも
各々お好みがある模様です。


ちなみにわたしは、


同性の方ですと、


手の甲の骨のラインが
入っているのを見ると、


思わず見とれてしまいます。


ピアノをしていることによる、
ある種の「職業病」のようなもの
かも知れません。


男性の方ですと、
手首から肘にかけて、
筋肉がついていて割れているのを見ると、
逞しさを感じます。


逆に、


「あー」と思う体の線。


下腹部の少々タプッとした線、
顔の目の下の線、
パーツとパーツの境目が
分かりづらくなってきた線、等々。


体の線は、


日々の生活の動作の積み重ねによって、


体に刻まれたもの。


意図的にトレーニングなどにより
鍛えられたことによりついた
筋肉であったり、


さほどハードな「運動」とまでは
いかないけれど、


実は日々の積み重ねで
自然と「運動」と化したことにより
筋肉がついていた、とか。


また、


知らず知らず、
タプタプなお腹になっていたとしても、


それらも含め、


日々の自分の食生活や行動による
結果であるわけで。


とはいえ、


重力にはなかなか逆らえないというのも
また事実で。


だけど、


30代半ばになってから思うこと。


学生時代は、ただストイックに
「細い」のがいいと思っていたし、


社会人になってから
ストレスや運動不足で
みるみる「ガメラ体型」と化し、
とにかく痩せたいと思っていた時期も
ありますが、


今はそう思うことはなく、


脂肪もある程度は必要と。


女性らしい「程良い」丸みがあって、


でも「生き様」が感じられるような
筋肉の割れた線も、
パーツによっては入っていて。


体の線は、


日々の己の生活の証。


素敵に年を重ねたいと思う
今日この頃です。