可能性
「全国に行く。」
これがどんなに難しいことか、誰よりもわかっているつもりです。
3回の柏木歩です。小中高と、ずっとサッカーをやってきました。それもガチで。僕は、どうしてかボールを蹴ることがものすごく好きみたいで、それも、ものすごく運動音痴だった自分が運動感覚をつかんで、並大抵にはスポーツができるようになるほどに。サッカーに関しては、本当に決して自分を上手いとは思わないけれど、高校時代にはキャプテンを任せてもらえるほどには成長できました。
それでも全国の壁は大きく高く厚いものでした。
小学校、中学校では、自分は地元のサッカーのクラブチームで活動していました。サッカーが好きで、まじめに練習にも取り組む僕は、コーチに気に入られたのか、小・中学とAチームに入れてもらえました。そこで、本当にうまい奴らに出会いました。毎日高レベルの練習に揉まれ、小学校では初めてサッカーで涙した日もありました。そんなチームメイトと、ともに戦った最後の大会。結果は、関西大会出場をかけた戦いで敗れてしまいました。どれだけ登っても登り切れない壁を感じずにはいられませんでした。
高校では、クラブチーム上がりの自分はそこそこ上手い奴という立ち位置にいることができて、キャプテンを任してもらえました。自分たちは、普通のそこら辺の公立高校でしかなかったけれど、70人ほどの大所帯だったし、笑われるかもしれないけどはっきり言ってマジで本気でした。どこの高校にもその本気さだけは、負けてはいなかったと今でも言えます。それでもやはり壁は厚かった。サッカーの上手い人たちの集まる私立高校に善戦はしたけれどまたもはかなく散りました。
上には上がいる。その言葉は真実としかいいようがありません。僕のスポーツ人生は打ち砕かれてばかりです。
そう分かっていたはずなのに、ボールを蹴る楽しさが忘れられずに、大学に来ても本気でボールを蹴る道を選んでしまいました。
サッカーでなく、フットサルを選んだのは、やっぱり全国を取りたかったからだと思います。神戸大学フットサル部は強いと聞いていました。だからフットサル部なら全国に行けるのではないかと。入ってみたら、確かにコロナや私立大学の台頭などで神大フットサル部は伸び悩んでいました。でも僕にとっては、皆うまかった。周りにサッカーで全国に行っていた選手がいたり、フットサルで全国に行った選手がいたり、ポテンシャルの塊や、才能の原石みたいな選手もたくさんいました。そんなメンバーで毎日のように練習を重ねてきました。たくさんの先輩・同期・後輩と支えあい、助けてもらい、本当にいろんなことを乗り越えてきました。この過程をぎゅっと割愛しちゃうのは苦しいというか普通にできないけれど(他の人のブログを読んでもらうとして・・・)、そうして自分自身も成長して、今までで最もクオリティの高い自分に出会うことができています。
そして今、インカレを迎えようとしています。
自分が言えることは一つです。
「全国に行く」
これがどんなに可能性のあるものかを、自分は誰よりもわかっているつもりです。
#78柏木歩