風船の一部分を手で押さえると、別の部分がふくらみますよね。
それと同じように、人は「自分は一生懸命やっている」と思うと、その頑張りの分だけ、心のどこかで高慢さ(プライド)がふくらんでしまうことがあります。
熱心に伝道したり、奉仕したり、祈ったり、断食したりしても、その分だけ「自分はよくやっている」という思いが大きくなりやすいのです。
まるで風船の一か所を押すと、空気が別のほうに移動して、そこが大きくなるように。

頑張って傲慢になる、祝福された時、傲慢になってしまう!事に注意と悔い改めが必要でしょう。パンクしないため!

ヨハネ21章

15食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。

16二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。

17三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。
 

 

 

マタイ10章

32だから、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、わたしも天の父の前で、その人をわたしの仲間であると言い表す。 

33しかし、人々の前でわたしを知らないと言う者は、わたしも天の父の前で、その人を知らないと言う。」

34わたしが来たのは地上に平和をもたらすため

だ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。 

35わたしは敵対させるために来たからである。

人をその父に、娘を母に、嫁をしゅうとめに。

36こうして、自分の家族の者が敵となる。

37わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。 

38また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。 

39自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。

 

マタイ4:17

そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づた」と言って、宣べ伝え始められた。

             ヨハネ3:3

イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。

 

                マタイ 18:3-4

言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のよ

うにならなければ、決して天の国に入ることはできない。

自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいち

ばん偉いのだ。
                  マタイ7章

13狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。 14しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。

21わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。

 

マタイ13章

44「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。

45また、天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。 

46高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う。

 

マタイ 25:41

それから、王は左側にいる人たちにも言う。『呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ。

 

 

ルカ16

23そして、金持ちは陰府でさいなまれながら目を上げると、宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。

24そこで、大声で言った。『父アブラハムよ、わたしを憐れんでください。ラザロをよこして、指先を水に浸し、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの炎の中でもだえ苦しんでいます。』

25しかし、アブラハムは言った。『子よ、思い出してみるがよい。お前は生きている間に良いものをもらっていたが、ラザロは反対に悪いものをもらっていた。今は、ここで彼は慰められ、お前はもだえ苦しむのだ

31アブラハムは言った。『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』

 

 

 

マタイによる福音書

5章
21「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。 22しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。 23だから、あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、 24その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。 25あなたを訴える人と一緒に道を行く場合、途中で早く和解しなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官に引き渡し、裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれるにちがいない。 26はっきり言っておく。最後の一クァドランスを返すまで、決してそこから出ることはできない。」 
 
 

18:6しかし、わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は、
大きな石臼を首にかけられて、海の深みに沈められる方がましである。

 

 

ローマの信徒への手紙 14:13

「だから、もう互いに裁き合うのはやめましょう。
むしろ、兄弟にとってつまずきとなるものや妨げとなるものを置かないように決心しなさい。」

 

 

コリントの信徒への手紙一 8:9

ただ、あなたがたのこの自由が、弱い人々にとってつまずきとならないように、気をつけなさい。」

 

「兄弟を傷つけるとき」

兄弟姉妹を傷つけるとき、それはただの人間関係の問題ではありません。

神の前での問題になります。聖書は、兄弟をつまずかせることをとても重く見ています。

だから、もし私たちがわざと人を傷つけたり、信仰を弱らせたりするなら、

神はそれをそのままにはされません。

 

宣教や伝道の門が閉ざされる原因でもある。

🌿 日曜日(エルサレム入城)マタイ 21:9
「ホサナ、ダビデの子に。
主の名によって来られる方に、祝福があるように。」

 

🏛 月曜日(神殿の清め)
Gospel of Matthew 21:13
「わたしの家は祈りの家と呼ばれる。
それなのに、あなたがたは強盗の巣にしている。」

 

📖 火曜日(終わりの教え)マタイ 24:44
「だからあなたがたも用意していなさい。
人の子は思いがけない時に来るからです。」

 

💰 水曜日(ユダの裏切り)マタイ 26:14–15
「ユダは祭司長たちに言った。『彼を引き渡したら、いくらくれますか。』
彼らは銀貨三十枚を支払った。」

 

🍞 木曜日(最後の晩餐)ルカ 22:19
「これはあなたがたのために与えるわたしの体です。
わたしを覚えて、これを行いなさい。」

 

✝ 金曜日(十字架)ヨハネ 19:30
「イエスは言われた。『成し遂げられた。』
そして頭を垂れて息を引き取られた。」

 

🪦 土曜日(墓)マタイ 27:60
「ヨセフはイエスを自分の新しい墓に納め、大きな石を墓の入口に転がして立ち去った。」

 

🌅 復活の日 マタイ 28:6
「ここにはおられません。言われたとおり、よみがえられたのです。」

他教会に通いながら、公園集会にたまに来ているAさんは、重い身体的・精神的な困難を抱えておられ、その影響もあって強い被害意識にとらわれることがありました。ある日、突然周囲の人々や私に対して激しく怒りを向け、敵対的な態度を示され、心配の電話をする牧師にもひどい暴言を吐くのです。

私たちはその姿の背後にある悪霊が、Aさんを縛っていることを知っていたので、主のあわれみを求めて心を合わせて祈りました。主が彼に付いてる悪霊を砕く祈りをして、真理の光を照らしてくださるように。そして、彼の夢の中でイエス様が現れて、誤りを正して、語りかけてくださるようにと願いました。

その後、Aさんは夢の中で主イエスが現れ、「牧師を敵にしてはならない」と語られたと話されました。そして、これまで見えなかった牧師の真心と善意が分かったそうです。

主イエスのなさることは、人の力を超えています。荒れた心にも、主は静かに語りかけ、和解への道を備えてくださるお方です。

京都の80代の井上さんは、高い崖から足が滑って、頭から落ちてしまうと即死する崖から、落ちてしまいました。その時、いつも礼拝の時、洪牧師の説教の時は、アーメンと答えるように!しつこく教えられていたお陰で、アーメン!!と叫ぶ瞬間、頭から落ちたのが、瞬間体の向きが変わり、背中が地面に当たりましたが、軽いけがで済んで無事でした。

 

**アーメン(Amen)**という言葉は、、ヘブライ語“āmēn” から来ています。

  • 「本当にその通りです」

  • 「確かにそうです」

  • 「真実です」

  • 「そのようになりますように」

という信仰の同意の言葉です。


誰かが祈ったり、神の言葉が語られた時に、「アーメン」と言うことで、

「私はその祈りに同意します」「その言葉は真実です」
「神よ、その通りにしてください」と心から認めることになります。

たとえば、祈りの最後にアーメンと言う理由はこうです。

祈りはただ言葉を言って終わるのではありません。
最後に「アーメン」と言うことで、「神様、私はこの祈りを信じます。」
「あなたが聞いてくださると信じます。」と信仰の印を押すようなものです。

聖書では、イエス様ご自身も「アーメン」を使われました。
英語の聖書ではしばしば

“Truly, truly, I say to you…”と訳されていますが、実は元の言葉は

「アーメン、アーメン、あなたがたに言います」という形です。
つまりイエス様は、「これは本当に真実だ」「神の前で確かなことだ」

という意味で使われました。

だからアーメンは、ただの宗教的な習慣の言葉ではありません。
それは 信仰の宣言です。祈りの最後の小さな言葉ですが、
その中には「神は真実である」「神の言葉は確かである」

という信仰が込められています。

 

人は一つのことに集中して、ほかのことに気を取られなければ、
その分野で**最大の力(限界値)**を引き出すことができます。

逆に、あれもこれも同時にやろうとすると、
• 時間が分散し
• 心が散って
• 深さがなくなり
• 結局、成果が弱くなります

だから聖書でも「一つの心」「全力」「ただ一つに」とよく言われます。

イエス様もこう言われました。

「だれも二人の主人に仕えることはできない」
(マタイ6:24)

つまり、心が二つに割れると力が落ちます。

集中する人は強くなります。
集中し続ける人は、その分野で必ず伸びていきます。

しかし大事なのは、
何に集中するかです。

世の成功だけに集中すると空しくなりますが、
神の国に集中すると、永遠の実を結びます。

集中は力であり、全心は祝福の道です。

悪魔は、占いや魔術、手相などを通して人を支配し、
神から引き離し、地獄へ導こうとする。

 

サムエル記上 15:22-23

サムエルは言った。 「主が喜ばれるのは 焼き尽くす献げ物やいけにえであろうか。 むしろ、主の御声に聞き従うことではないか。

見よ、聞き従うことはいけにえにまさり 耳を傾けることは雄羊の脂肪にまさる。 反逆は占いの罪高慢は偶像崇拝に等しい。 主の御言葉を退けたあなたは 王位から退けられる。」

 

主の言葉を拒絶するとき、

悪魔に扉を開くことになり、

悪魔は合法的に働く

 


                ローマ6:16-18
知らないのですか。あなたがたは、だれかに奴隷として従えば、その従っている人の奴隷となる。つまり、あなたがたは罪に仕える奴隷となって死に至るか、神に従順に仕える奴隷となって義に至るか、どちらかなのです。 しかし、神に感謝します。あなたがたは、かつては罪の奴隷でしたが、今は伝えられた教えの規範を受け入れ、それに心から従うようになり、 罪から解放され、義に仕えるようになりました。

 

 

テサロニケの信徒への手紙一 5:3-4

人々が「無事だ。安全だ」と言っているそのやさきに、突然、破滅が襲うのです。ちょうど妊婦に産みの苦しみがやって来るのと同じで、決してそれから逃れられません。

 

ヤコブの手紙 4:6-8

神は、高慢な者を敵とし、 謙遜な者には恵みをお与えになる。だから、神に服従し、悪魔に反抗しなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げて行きます。 神に近づきなさい。そうすれば、神は近づいてくださいます。罪人たち手を清めなさい。心の定まらない者たち、心を清めなさい。

 

ヨハネの黙示録 21:8
8しかし、おくびょうな者、不信仰な者、忌まわしい者、人を殺す者、みだらな行いをする者、魔術を使う者、偶像を拝む者、すべてうそを言う者、このような者たちに対する報いは、火と硫黄の燃える池である。それが、第二の死である

 

Ⅱペトロの手紙 2章

4神は、罪を犯した天使たちを容赦せず、暗闇という縄で縛って地獄に引き渡し、裁きのために閉じ込められました。

6また、神はソドムとゴモラの町を灰にし、滅ぼし尽くして罰し、それから後の不信心な者たちへの見せしめとなさいました。

20わたしたちの主、救い主イエス・キリストを深く知って世の汚れから逃れても、それに再び巻き込まれて打ち負かされるなら、そのような者たちの後の状態は、前よりずっと悪くなります。

21義の道を知っていながら、自分たちに伝えられた聖なる掟から離れ去るよりは、義の道を知らなかった方が、彼らのためによかったであろうに。 22ことわざに、 「犬は、自分の吐いた物のところへ戻って来る」 また、 「豚は、体を洗って、また、泥の中を転げ回る」 と言われているとおりのことが彼らの身に起こっているのです。


         
 

*占いや魔術は、人を支配し神から遠ざける悪魔の道具

霊的なリーダーにとって一番最初に大切なのは、イエスの名によって

悪魔や悪霊との霊的な戦いに打ち勝つことです。