西村のエイセイボーロ CM
西村のエイセイボーロ
ボーロという響きが懐かしい。
あまり食べる機会がなくなったが、よく考えたら不思議な食感の食べ物である。
さてこのCMであるが、このCMを見たとたん
なぜか妖怪人間ベムを思い出した。ひょっとしたら
提供になっていたのだろうか・・・
はしゃいでいる舞妓さん。
「おおきにお母さん」
「西村のエイセイボーロやわ。うち大好きどすねん。」
というシラコイコメント。
古き良き昭和のCMである。
現在も
西村のエイセイボーロ さんはやっているようで、ホームページを確認した。
ホームページにも
懐かしの西村のエイセイボーロのCMとして公開されている。
最近でこそCMはやっていないが、実は京都のお菓子やったということが判明し
ほう~と思うのである。
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テレビ取材
某有名番組の収録は、先方の事情で残念ながら無期延期となってしまいましたが、そのかわりに
別の放送局の土曜の朝の有名番組からのオファーがありました。取材もスグで放送もスグということで
楽しみです。場合によってはスタジオにいく事にもあるかもしれないそうです・・・
阪神大震災から16年目~わが店の原点~
私の故郷、神戸の長田は私の思い出ごと全てを焼き尽くし焼け野が原となった。
あの業火から奇跡的に逃れたものの我が家も倒壊の目にあった。
その後、長きに渡る被災地生活が始まり、我々家族もまた、どうしていいのか
暗中模索の中、途方にくれる日々を過ごす。
焼け野が原の夜は、恐ろしいくらい真っ暗である。
長田の空はこんなに星があったのかというくらい真っ暗である。
やがて、人もまばらな、真っ暗な焼け野が原の鷹取商店街の角地に
ポツンと一つの灯りがともるようになる。
それは、この商店街でお肉屋さんをしていたオッチャン
が奮起して開いた小さなプレハブのお好み焼店であった。
あの時はわからなかったが、今思えば、こんな皆が路頭に迷っている被災地にお好み焼店を開業するという勇気がいかばかりのものであるかは想像を絶するものである。
学校などで配給生活に慣れきってしまい言い方は悪いが被災地根性になりつつある被災民にとってそれどころではない雰囲気の中、孤軍奮闘して店を開けていたおっちゃんはただ利益のために焼け野が原の端っこで店を開けたのではなかっただろう。真っ暗な被災地に明かりをともし、皆が一人一人戻ってきて、またもとの街に戻そうという心も込めて開いたのだ。
私は、大学を卒業したばかりで実家を失い、被災地の中で自分の将来をどうしていのか真っ暗になってしまっていた。そんな茫然自失の私をよそに、一生懸命に慣れないコテを振り、イッパイイッパイの接客をするオッチャンの姿にこのままではいかんとどれだけ思い知らされ励まされただろうか。
その時そこで、家族と食べたお好み焼の感動が。美味しいお肉のありがたさが
今の私が神戸いってつと長田タンク筋という2件の店を作った原点の一つになった。
あれから16年、私の弟は、土木作業員や靴の裁断工を経て、今や某有名ホテルで鉄板焼のシェフをしており海外の本にも紹介されるほどの活躍をしている。
彼の中にもあの焼け野が原の暗闇の中で見た一軒のプレハブのお好み焼屋で食べたお肉は、
その後の人生を照らす何かだったのかもしれない。
あれから16年、死に物狂いで働いて、気がつけば、私も今年で40歳、妻と3人の素晴らしい子供に恵まれ2件のお店を持っている。私は経営する二つの店に愛する神戸と長田という名前を冠した。
あの時体験したハングリーな原点を忘れないように、そしてこの街に恩返しをしたいという気持ちでつけたものである。
その後あのオッチャンは区画整理の影響か何かでどこかの街へといってしまった。
何処で何をしているかはわからないが、今は心から感謝したいと思っている。
無人の焼け野が原にただ一人立つ、その意気を持って生きたい。
それが、震災で無念にも命を絶たれた人々への弔い、残された者の使命であると思う。
犠牲者になった皆々様の心からのご冥福をお祈り申し上げます。
震災10年 2005年
震災15年 2010年
加島の玉子焼~伝説のベビーカステラを殆ど並ばずに購入する方法~
長田神社名物、加島の玉子焼を殆ど並ばずに購入する方法を
このブログを読んで頂いている奇特な方だけに紹介しよう。
その①
まず、加島の玉子焼(ベビーカステラ)は、長田神社の初詣画始る3日間は
殆どの時間並ばずに購入する事は不可能である。
しかし・・・2日目。3日目あたりの出店が閉まる10時前後くらいになると流石に行列が短く
並ぶのも我慢できるレベルなのである。悪天候など運がよければ、並ばずに買える事が出来る
その②
実は初詣は5日くらいまで屋台が出ている。加島さんもその頃になると、流石に殆ど並ばずに買える。
その③
加島の玉子焼きは、ご存知の方も多いと思うが、兵庫えびすのえべっさんにも出店している。
兵庫えびすのちょうど出口付近で、毎度長蛇の列を作っている。えべっさんも夜遅くまで屋台を出しているが
意外と、朝方や中途半端な時間、終わりかけに行くと、すいている時間帯がある。その時間を狙えば
あまり並ばずに買える。
その④
長田の隣、兵庫区の生田神社兵庫宮(生田神社の御旅所)で開催される祭の時
さりげなく、加島の玉子焼が出ている。
祭としては小規模なので気づかれないが、その列たるや、ほんとに知れているレベルなのである。
その⑤
長田神社の七五三やお祭の時などさりげなく加島さんは出ていることがある。
祭としては、よほどでない限りいかない人も多いかと思うが、その分殆ど気づかれることなく営業しており
並ぶ事も殆どないレベルで購入できる。
注意) ただし、その5については経験上、本当に加島の玉子焼きなのかというレベルの普通のハズレのベビーカステラである事が経験上あったことを付記する。
その他)時々、街中で加島の玉子焼を名乗る若い焼き手の屋台が出てある事があり、テンション高く買うと
ハズレの時がある。かつては新長田の商店街に出没していたように記憶する。
ひょっとしたら、他のところでも加島さんはやっているかもしれないが、
そのあたりの情報があれば教えて欲しい。たぶん厄除けの多井畑厄除八幡さんあたりでもやっているという噂も聞く。
しかし残念ながら湊川以東でシマ違いなのか、テキヤさんの関係なのだろうが、ルミナリエなどでは出店していない。
伝説的に美味い加島のカステラであるが、上述のように理由は分からないが時々ハズレがある。
ただし、黒ブチ眼鏡の無口な貫禄の或るオッチャンがやっている時は、ハズレる事がない。
想像であるが、あれが加島さんなのだと子供の頃から思っている。
そんなこんなで書けば書くほどまた食べたくなってきた加島の玉子焼。
何か情報があればコメント欄にお書き下さい。

